戦う理由、生きる理由。希望の声。
「見えた──!!」
ミレの丘がすぐそこに迫った前方で、剣と剣がぶつかり合う金属音と喧騒が聞こえ始める。
やがてグレミア公国騎士団と戦うレオンティウス様率いる一番隊が見えてきた。
グレミア公国騎士団の面々は、本当は戦いたくないという思いを押し殺して皆必死で剣を交えている。
坂を上がった先には、欲と野望を詰め込んだでっぷりとした立派な腹を持った男性──グレミア公国大公カルム・グレミアが、高みの見物とばかりにその戦いの様子を見下ろしていた。
「あれがグレミア公国の……大公……」
彼を挟むように二人の魔術師が立っている。
騎士団が手を抜けば、騎士たちや人質にかけた術を作動するぞという脅しもある、ってことか……。
卑劣な……。
小さく舌打ちをして、私は彼らの元へと足をすすめた。
「レオンティウス様!!」
「ヒメ!? あんた……!!」
「私も、共に!!」
そう言ってレオンティウス様の隣に並び立ち、彼と対峙していたタスカさんへと愛刀を向ける。
「あんたはシリルのところに残ると思ってた」
心底驚いたように目を見開いて声をあげるレオンティウス様に、私はにぃっと笑った。
「先生は大丈夫ですから」
信じている。
私が背中を預けられるのは、先生だけだ。
だから私は、自分のすべきことをする。
「……タスカさん」
「よぉ、姫さん」
不敵に笑うも、僅かに苦しげな色が滲み出ていることから、部下や国で人質になっているであろう人達が気がかりで、戦いたくないのだということが窺い知れる。
「すまねぇな」
「いいえ。それもすぐ、終わりますから」
きっと。
レイヴンがすぐに何とかしてくれる。
「──あなたがセイレの姫君、ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレですか」
誰だこのタスカさんの隣にいるメガネくんは。
タスカさんがワイルド系イケメンとすれば、この藍色の髪を一つに束ねたメガネの男性はインテリ系イケメンと言えるだろう。
「で、このインテリイケメン誰ぞ?」
思わず漏れ出た心の声に、メガネの君は一瞬、この殺伐とした緊張感あふれる場にそぐわぬほどにキョトンとした顔をしてから、くすくすと笑った。
「団長の言っていた通り、面白いお姫様ですね」
「だろ?」
おい貴様このメガネ君に何を吹き込んだ。
「ご挨拶遅くなりました。私は、キエラ・エベン。グレミア公国副騎士団長をしております。お手合わせ願えますか? 可愛らしいお姫様」
紳士……!!
タスカさんが紳士部分皆無だから、ちょうど均衡が取れるんだろうなぁ……。
「だいたい何考えてるかわかるけど、こいつ口調だけだからな、紳士なの。俺より剣の腕は上だし、まぁまぁ戦闘狂だから気をつけろよ」
「え……」
こんな穏やかそうなのに!?
「人聞きの悪いこと言わないでください、団長。さ、セイレのお姫様。どこからでもどうぞ」
余裕そうな笑み。
あぁ、確かにこれは……強そう、かも。
私はキュッと唇を引き締めると、真っ直ぐに愛刀を構え──「行きます……!!」と蹴った。
「はぁぁぁぁっ!!」
まずは大地を蹴り上げ跳び上がり、彼の上から斬りかかる。
他の技と組み合わせたわけでもないシンプルな攻撃故に、相手にとっても剣を受け止めやすい。きっと綺麗に受け止めて流してくれるだろう──が……。
「おや正面からですか」
キィィィイン!! ガンッ!!
「っ!!」
「防壁、ですか。残念」
残念、って言いながら笑ってるんですけどこの鬼畜メガネ!?
わざわざ受け止めやすいようにシンプルに攻撃したというのに、何と彼は私の剣を受け止め跳ね返すと同時に私の腹部に蹴りを入れたのだ!!
咄嗟に防御壁でお腹をガードできたからよかったものの……鬼畜すぎる……。
「私には手加減無用、ですよ」
「あちら側の方、ですか?」
大公側として、私たちを滅ぼす気なのか。
私は再びタンッと地を蹴り前へと飛び出し、先ほど私を跳ね飛ばした剣と自身の愛刀を交える。
ギリギリと刃が音を立ててせめぎ合う中で、私にだけ聞こえるほどの小さな声で彼は言った。
「いいえ。決して。ですが生ぬるいことをして、大切な婚約者を死なせたくはないのですよ、私は」
「婚約者……」
「あそこで見ている魔術師たち以外にも、おそらく我々は監視されている。いつ術を発動させられるかわからない。あなた方がしてくれようとしていることは聞いていますが、間に合う確証はどこにもない。だから……。罰は後で十分に受けるつもりです。私は、私の守るべきもののために生きる──!!」
キィィィイィン──!!
「っ!?」
勢いよく跳ね飛ばされた私は風魔法を付与した足で空中を蹴って体制を立て直す。
大切な人のために。
誰かを守るために。
同じなのだ。
私と、私たちと。
最悪を考えずに動いてはならない。
その最悪が起きた時、後悔するのは目に見えているのだから。
あぁ、そうだ。
私と、同じじゃないか。
「そう、ですね。私も、あなたと同じ。愛する推しのために、生きなきゃいけないの──よっ!!!!」
「っ!?」
剣を振り払い、手加減と本気を繰り返しながら攻める。
「はぁぁぁぁぁああああっ!!」
私の手のひらから放たれた無数の光の蔓。
それらはうねり飛び、一瞬のうちのメガネ君の四肢を縛りつけ、地面へと張り付けた。
「……すみません、メガネ君。あなたを倒して、私は進まねばならないので」
終わらせるために。
大公の元まで急がねば。
こうしている間にも敵味方共に傷ついていく騎士達の姿が目に映る。
「くっ……さすがセイレの姫君、ですか……」
「大丈夫。きっとうちの魔術師長が、あなたの大切な人も助けてくれます」
会ったこともない男を信じろというのは難しいかもしれないけれど。
彼ならきっとすぐに……私がそう微笑んで光の蔓を解いたその時。
「おーい!!」
上空から張りのある待ち望んだ声が、混沌とした戦場に響き渡った。
希望の、声だ。
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