重なり合う拳と約束


 さて、あらかたこれで終わりかな。

 ひと通り各所をめぐった私は、無意識に教室へたどり着いた。


 Aクラスの教室に足を踏み入れ、部屋の中をじっと見つめる。

 落ち着いたアンティーク調の長机が並ぶ教室。


 ここでたくさん、皆と学んだんだよね。

 前の世界では誰かと楽しく授業を受けるなんてことはなかった。

 一人、ポツンと、ただひっそりとおとなしくしていた。

 クラスと言う名の社会から追い出されないように。


 私にとってこの場所は大切な場所だ。

 だって、どんな私も受け入れてくれた皆と過ごした場所だから。


 私が干渉に浸っていると、ガラガラと音を立てて教室の戸が開かれた。


「ここにいたのか」

「レイヴン」


 赤いリボンで結ばれた小さな桜色の包みを持ったレイヴンが、ずんずんと部屋に入ってくる。

「これ、学園の意思がお前に持ってけって」

 差し出された包みを受け取り、ゆっくりとリボンを解くと、甘い香りがふわりと解き放たれると共に、動物の形のクッキーがお目見えした。


「少し休め。お前、朝から動きっぱなしだろうが」

 レイヴンはそう言って私の手を取ると、私を近くの椅子へと座らせ、自分もその前の列の長椅子へ腰を下ろし、後ろの私の方へと身体を反転させた。


「休むことも必要、ってな。ん、うまっ!!」

 レイヴンは机の上に広げたクッキーを日億つつまむと、口の中へと放り込んだ。

 そのいつもと全く変わりのない笑顔に、硬くなっていた頬が自然と緩む。


「ふふ、そうですね。いただきます」

 一つ。

 うさぎの形のクッキー摘むと、口の中へ入れてゆっくりと咀嚼を始める。

 サクサク、と音を立てて口の中で崩れていくとともに、口いっぱいにひろがる優しい甘み。

 そしてほんの少しの塩み。

 サクサクとした軽快な音だけを響かせながら、私たちは無言でクッキーを一つ、また一つと口に入れていき、残り僅かになったところでレイヴンがその手を止めた。


「これもさ、聖域での個人訓練終わりによく食ったよな」

「はい。この世界に10歳の姿で転移して、私に魔法を教えてくれたのは先生とレイヴンでしたもんね」

 思えば彼もずっと、私の“先生”だった。


 魔法を知らない私に、一から教えてくれた一人。

 伊達に魔術師長をやっているわけではない。

 私が強くなれたのは彼のおかげでもある。


「本当、強くなったよな、お前」

「レイヴンや先生のおかげですよ」

 それまでの私は、日本という平和な国で暮らし、魔法や剣なんて空想だという常識のもとで生きてきた、何も知らない、何も戦う術を持たない私に力を与えてくれたのは、紛れもなくこの二人だと言えるだろう。

 本当、感謝しかない。


「お前の努力の賜物だろうが。お前はどんな時も諦めずに努力し続けた。手にマメが出来てもシリルに剣の稽古を頼んでたし、いつも自分の中の魔力がすっからかんになるまで魔法を放ち続けた。本当、すごいやつだよ、お前は。…………ヒメ」


「はい?」

「……本当に、死ぬんじゃないぞ」


 琥珀色の瞳がまっすぐに私を見つめる。

「生きて、必ず帰って来い。レオンと一緒に」

「レイヴン……」

 心配そうに揺れる琥珀色を見返して、私は安心させるようにふにゃりと笑った。

「はい、もちろんです」


「──その言葉、そっくりそのままあんたに言ってやりたいわ」


 私の言葉のすぐ後に続けて私たち二人どちらでもない声が間に入った。


「レオン……」

「レオンティウス様……」


 腰に手を当てて頬を膨らませた麗しのオネエがそこにいた。


「あんたねぇ、人の心配もいいけど、自分の心配をなさい。敵地に一人で乗り込むのよ? ひ・と・り・で!!」

 ずいずいと身体で私を奥へと追いやり、同じ長椅子に座るレオンティウス様が、レイヴンと向き合う。


「私は、正直向こうの人間がどうなろうが知ったこっちゃないわ」

「!!」

「私にとって、一番大切なのはグレミアの人じゃない。ヒメや、あんたや、シリルや、この国の人達よ」

「レオン……」

「だからあんたも、死ぬんじゃないわよ。生きて、ここに帰ってきなさい」

「っ……あぁ、わかったよ」


 意外と誰よりも仲間のことをよく見ているレオンティウス様。

 きっとずっと心配してくれていたんだ。


「駄犬とはいえ、鼻は効くんだからちゃんと主人の元に帰ってらっしゃいな」

「誰が駄犬だ!!」

「ふふっ」

 そんないつもの二人の様子に、自然と笑みが溢れる。


「全員揃って、またピクニックに行きましょ」

「!! はい──!!」


 そうして三つの拳がごつんとぶつかり合った。

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