グローリアスの純情乙女


 朝とは、どんなに拒絶しても必ずやって来てしまうものだ。


 いよいよ今日、戦争が始まる。


 どこかピリついたグローリアスの大広間を、開け放たれた扉の外から眺める。

 グローリアス学園に残ったほとんどの生徒たちはここで医務のアステア先生と怪我人の介抱を担当する。

 戦いに出ることはないが、それでもやはり不安だろう。


 まぁ、そうだよねぇ……。

 だって15〜17やそこらの子どもたちだもんねぇ。

 怖くないはずがない。


「……よし」

 私は一つ気合を入れて、大広間の奥へと進み出て、一番奥の教壇へと飛び乗った。


「み・な・さ〜〜〜〜〜〜〜ん!!」


「!?」

「ヒメ!?」

「姫君だ……!!」


 突然のハイテンション具合に、顔を俯かせていた生徒たちが私を見上げる。


「今日は皆さん、よろしくお願いしますね!! 敵はここに侵入させません。騎士団の皆さんを……私を信じてください。誰も死なせることなく、1日で終わらせます!! そうしたら、次は私の戴冠式です!! 舞踏会には皆さんも着飾って参加できるようにする予定ですし、美味しい食べ物も【学園の意思】が用意してくれます!! 冬を超えてまた春になったら、2年生は卒業してそれぞれの未来へ向かいますし、今の一年生は進級し、また新たな可愛らしい一年生に出会うでしょう。未来は、こんなにも楽しみがいっぱいです!! だから──今日1日、私に……この国に、力を貸してください!!」


 私の言葉に口をぽかんと開けて言葉をなくす生徒たち。


 あれ?

 何か間違えた!?


「ヒメ、とりあえず──土足で教壇の上に上がるとは何ですかっ!! お行儀が悪いでしょうに!!」

「じ、ジゼル先生!?」


 目を釣り上げながら私に注意するジゼル先生に我にかえる。

 私、土足で机の上に上がってたんだった!!


「す、すみません……!!」

「全くあなたと言う子は本当に……!!」

「うぅっ……格好つかない……」


 何でこうなるの!?

 今の見せ場じゃない!?

 何をやってもとりあえず決まらないのはお約束なんだろうか、私は。


 そんな私たちを見て、

「ぷっ……はははっ」

 空気が抜けるかのように、声が一つ、弾けた。


「はっははっ!! ヒメらしいや!! はははははっ!!」

 一つの笑い声を皮切りに、それは大広間全体に広がった。

 あっという間に笑い声で溢れるグローリアス学園の大広間。


「カンザキさん、ありがとう。俺たちも精一杯頑張るよ」

 教壇から降りた私に近づいてそう言ってくれたのは、あの修学旅行で知り合ったAクラスのカイ。


 俯いていた生徒たちは、いつの間にか全員が前を向き、瞳の中に強い光を映し出している。

 私は彼らにふにゃりと笑って頷くと、大広間を後にした。



「ヒメ」

「アレン!!」


 大広間を出てすぐに、アレンに遭遇する。

「ちょうどよかった。これからアレンの様子を見に行こうと思っていたので」

 戦いの前に、一応魔法をかけ直しておきたかったのだ。

 私はアレンの手をいつものようにそっと自分の手で包むと、ゆっくりと聖魔法を流していく。


「調子はどうですか?」

「ん……、やっぱりあまり良くなくて。自分の中の何かが蠢いて、出てこようとしてる、っていうか……」


 開戦へと向かうにつれて闇が深くなり始めたんだ。

 魔王の力が……強くなってる。

 せっかく流している私の魔力も、内側から押し返されているもの。


 私は無理矢理ねじ込むようにして更に聖魔法の流れを強くする。


「アレン。大丈夫です。すぐにそんなものいなくなります。そして、大切なものを取り戻すことができる。だから、私を信じて、待っていてくださいね」


 すぐに戦いを終わらせて、あなたのたった一人の家族を、あなたの元に還すから。


「ヒメ……。うん、信じてるよ」

 ふわりと笑ったアレンに私も頰を緩める。


「ねぇヒメ?」

「なんですか?」

「怪我、しないでね」

 そう言ったアレンの瞳が大きく揺れた。


「はい。もちろんです。【グローリアスの純情乙女】の力、見せてやります!!」


「うーん、勝手に自分に都合の良い二つ名は付けないようにね、【グローリアスの変態】ちゃん」


 ……うぃ。

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