動き出す未来へ


「……聞かせてくれる? 君の、対策、ってやつを──」

「──!! はい──!!」


 私は強張らせていた顔の力を緩めると、あらためて二人に向き直り、一度大きく息を吐いてから、口を開いた。


「まず、魔王はあのエリーゼが封じたそのあとすぐ、ある人の中に住み着きました」

「!? まさか……誰かに寄生してるってこと!?」


 その事実に目を大きく見開いて私に詰め寄るフォース学園長。

 彼がここまで取り乱すところを初めて見た。

 普段はアレンの人格しか出ない分、魔王の力もされにくい。

 いくら弟の成れの果てとはいえ、気付くことは難しいだろう。


「はい。エリーゼは先生の剣に貫かれ、その剣に自身の魂とともに、魔王を封じ込めました。そしてその剣神殿に保管されていた──」

「!! ──アレン……!!」

 さすが、フォース学園長はすぐに気付いたようだ。


「は!? え、どうおいうこと? なんでアレン先生が……」

「アレンは以前は神殿に勤めていたんですよ。その時に、妹を貫いた剣に触れ、魔王と同調してしまった……」


 一人状況を飲み込めていないクレアに説明すると、彼女は口元を手で覆って「そんな……」と軽く声を上げた。


「戦争の話が出始めた時期から魔王の力が──闇の力が強まり始めました。魔王が蘇るのは、時間の問題でしょう。そこに気付いたから、学園長はもしもの時のためにクレアに指示を出そうとした、のでしょう?」

「うん、そうだよ。……でも、よりにもよってアレンの中にいるなんて……。まさか、ここのところアレンの調子が悪いのは──!!」

「はい。魔王の影響です。たびたび私が聖魔法で押さえていましたが、戦争を機に私の聖魔法は握り潰されるでしょう。私は、聖女ではないので……」


 聖女の力があれば、すぐにでも奴を消滅させられるけれど、それは私や、クレアの役割ではない。


「じゃぁ尚更──!!」

「ダメです。まぁ、最後まで聞いてください。もう一つ、私は5年前からやろうとしていたことがあります」

「もう一つ?」

 眉を顰めながら首を傾げるクレアに、私はゆっくりと頷いた。

 不思議と、落ち着いた、穏やかな気持ちだ。


「はい。聖女を──エリーゼを蘇らせること──」


「!?」

「ちょ、ちょっと、そんな、死者を蘇らせるだなんて……!!」

「できるんです。膨大な魔力と引き換えに。だってエリーゼは死んでしまっても、魂は魔王を封じるために先生の剣に残っているんですもの。再構築可能です」


 エリーゼの魂は魔王と一緒に先生の剣へと封じられた。ということは、死してなお、その剣の中に魂は眠っているのだ。

 先生の──好きな人の剣の中に。

 そんなことでも嫉妬してしまう自分に苦笑いを浮かべてから、私はまたフォース学園長を見た。

 これで、私の行動理由がわかったことだろう。


「なるほど……だから君は……」

「はい。そのために……。エリーゼを──先生の大切な人を蘇らせるために。先生を幸せにするためだけに、私は強さを求め続けました。幸い、私はこの世界の王族で、王位を継げば膨大な王の力を手に入れることができます。命と引き換えでなくとも、エリーゼを蘇らせることができる」


 たとえその結果、先生が遠くなったとしても。

 先生が幸せなら、後悔しない。


『ホントウニ……?』


 心の中のナニカが低く問う。


 うるさいなぁ。黙ってて。

 私はそれを心の中の扉を閉めるようにイメージして、自分の意識から締め出した。

 今も時々出てくるのだ。あの声が。


 本当に、悔いはない。

 あくまで先生は──推しであると。

 自分に強く言い聞かせる。


「ヒメ……。あんた、それでいいの? 先生のこと……」

「いいんです。推しは、推しのままで。推しの幸せのために生きるのが、推し活、ですから」


 私はうまく笑えているだろうか。

 もしかしたらひどく歪なものになっているかもしれない。

 でも、推しには──。

 いや、好きな人には、幸せになってほしい。

 その思いは変わらない。


「エリーゼに魔王のことはお任せします。彼女は力の強い聖女。学生時代にはすでに力を開花させていた、特別な人ですから。だから、二人にしてほしいのは一つ。アレンのそばについていることです」


「アレンの?」


「はい。アレンは今、自分の中にいるものと戦っています。でも戦争中、きっと魔の力はもっと強くなる。誰かが戦って怪我を負う度に。誰かが涙を流す度に。誰かが怯える度に。だから、もしアレンが暴れ出したら、二人の聖魔法の力を流し込んで押さえておいてほしいんです」


 いよいよダメそうになったら、魔の手に落ちるくらいならばと死を選びそうなアレンを、守ってあげてほしい。


「はぁー……。……そこまで考えていたとは……。……わかった。協力するよ。精霊達も君の味方みたいだし、ね」

 そう言って息を吐いてから、私の周りをふわふわと飛び回る精霊達を見ながらフォース学園長が困ったように笑った。


「本当ですか!?」

「私も、やってみるわ」

「クレア……!! ありがとう!! これ、もしアレンが暴れ出したら、その時は貼り付けてください。聖魔法の緊縛札です」


 私は先ほど作ったばかりの緊縛札をクレアに手渡す。


「わかったわ」

「全く君は……、本当にすごい子だね」

 フォース学園長はやれやれ、とそう私に言ってから、今度はクレアに向き直ると、再び口を開いた。


「……クレア、ごめんね。危うく僕は、君に一生残る傷を負わせるところだった。……一緒に、魔王を食い止めよう」

「!! はいっ!!」


 物語が変わっていく。


 これでフォース学園長は大丈夫だ。きっと。

 あとは──……。


 明日、最後まで気を抜かずにやり切るしかない。

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