死を見る者、未来を見る者
それからはとにかく忙しかった。
隊長達は自分の隊の騎士達へと明日の開戦を伝え持ち場の最終確認に奔走し、生徒達も表情を強張らせながら救護室となるグローリアス学園の大広間へとベッドや医療品を運んだ。
私は各所で手伝いをしながら、当日の指示を細かく出していく
あえていつも通りの私で接して皆の緊張をほぐすのも忘れない。
必要以上に緊張していても、動きが悪くなるだけだから。
そしてバタバタとしながら時はすぎ、闇のベールが空を覆った──。
「これでよし、っと」
私は自分の部屋で、机の上に置いた2枚の札にかざしていた右手を、ふぅ、と息を吐きながらゆっくりと降ろす。
聖魔法の緊縛魔法を込めた緊縛札。
これを貼られたものは手足の動きどころか口を閉じることも禁じられ、舌を噛み切ることすらできなくなる。
いわば究極の拘束具。
一枚はクレアに託す予定だ。
アレンの中の魔王が目覚め始め、暴れ出した時のために。
お札を貼られたアレンの図を想像するとなんとも言えなくなるけれど、暴れられるよりは遥かにマシだ。
もう一枚は私が持つ。
グレミア公国のカルム大公を捕縛するためのものだ。
私が一枚の札を制服のショートマントの内胸ポケットへと忍ばせた瞬間、窓を突き抜けて緑色の光が私の前へと姿を表した。
「あなた……風の……精?」」
私に答えるようにふるりと動いた光。
それと同時に心の中に響く声。
【クレアがフォースに呼び出されて部屋を出たよ。場所は、グローリアス学園展望室】
「!!」
やっぱり接触を図ったか──!!
「わかりました。ありがとう、風の精さん」
私は緑色の光を放つ風の精に礼を言うと、急いでグローリアス学園最上部にある展望室へと向かった。
───グローリアス学園展望室。
室内でありながら足元には常に青々とした芝生が茂り、ところどころには木々が育ち、天井部は透明な魔法ガラスで覆われ、キラキラと輝く星が近く見える。
「──戦争が始まれば、魔王は急速に力を取り戻すだろう。君はまだ未成年で聖女としての力も覚醒しきっていない、だから、力の強い者──僕の命を糧にして、力を目覚めさせるんだ」
「そんな……無理です!! フォース学園長を……私が殺す、ってことですよね!? そんなの……」
男女の争う声が聞こえる。
一番奥の大木の裏にいるみたい。
もう話が進んでるんだ──!!
「できるよ。たいして力はなくとも僕は抵抗しないんだから」
「嫌です!! 私──!!」
「やるんだ!! 再び世界を闇に塗れさせるわけにはいかない!! 君にしか……聖女にしかできないんだ……。頼む……!!」
切羽詰まったような学園長の声。
こんな学園長、初めて見る。
「フォース学園長……。…………わか──「ちょっと待ったぁぁぁぁぁあ!!」──!?」
何分かろうとしてんのクレア!?
クレアの言葉を遮って、私は飛び込むように二人の間へと入る。
「ヒメ!?」
「!! 聞いてたの? 気配を感じなかった……精霊達の知らせも──」
「残念でした。精霊達はすでに買収済みです」
言うと同時に私の周りにふわふわと姿を表す8色の光。
「お前達──!!」
「学園長がクレアに自分の命を奪わせること、私、5年前から知ってました」
「何……? ……あぁ……例の予知か……」
フォース学園長が怪訝そうに私を見る。
大人バージョンの彼はやはり威厳を放っていて、気を抜いたら絡め取られてしまいそうだ。
「私はずっと、悲惨な未来を変えるために動いてきました。5年の間にいろんな対策をしてきたつもりです。もちろん、フォース学園長、あなたについても。魔王についても」
この5年の成果が花開く時だ。
絶対に、学園長も死なせない。
「対策がある……と?」
「はい。学園長、あなただってクレアに自分をあやめさせたくはない。そうでしょう?」
エルフ族は人に干渉しない、どこかドライな一族だ。
でも彼は、自分では情はないと思っているだろうけれど生徒達のことをとても大切にしている。
ただ今は、世界か、生徒一人の気持ちかを天秤にかけただけで。
本当はこんな役目、クレアにさせたくなんかないはず。
「だったら私を信じて。可能性を信じてください」
「ヒメ……」
しばらく二つの相貌が交差して、やがて諦めたように学園長が息を吐いた。
「……聞かせてくれる? 君の、対策、ってやつを──」
「──!! はい──!!」
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