追いかけた背中を


「カンザキ」


 精霊達が消え、再び歩みを進めてグローリアス学園のエントランスから出たところで、低く深い、私の大好きな声が私を呼び止めた。


「先生!!」

 私はすぐに目の前の先生へと足を早め、先生に真正面からダイブして抱きつく。


 数時間ぶりの先生の匂いハスハス……!!

 昨日は皆へ真実暴露した後すぐに先生は戦いの準備をしに騎士団にこもったきり、部屋にも帰ってこなかったし。

 あー……やっぱ先生の匂いを定期的に摂取しないと無理。

 精神安定剤だわ。


「……」

「……」

 あれ?

 いつもならすぐに「離せ変態娘」っって引き剥がすか、そもそも抱きつく前に頭を鷲掴みにして抱きつかせてもくれないのに。

 恐る恐る先生の顔を見上げると、眉間に皺を刻みながらも黙って私を見下ろしている先生の美しいご尊顔が。


「どうした? 気は済んだのか?」

「はっ、はい!!」

「ならいい。朝食は食べられたか?」

「え、あ、はい。クレア達としっかり食べました。先生は──?」


 そこまで口に出して、その質問は愚問だと気がついた。

 放っておいたらコーヒーしか飲まない先生だ。

 どうせ今朝もその調子だろう。


「……飲んだ」

 やっぱりー!!


「ちゃんと食べてくださいね? 少しで良いから」

 ただでさえ過労死コースを突き進んでいるんだもの。

 しっかり食べてしっかり休んで欲しい。


「……わかった」

 渋々頷く先生がなんだかとても可愛くて、私はクスリと笑った。


「そういえば、私に何か用事でも?」

 わざわざ呼び止めたのだ、何かあるのだろう。

「あぁ、そうだ。これから騎士団で会議があるのだが、姫君として、一緒に参加してもらえるか?」

「会議……!! はい、もちろんです」

 私も内情を知っておいた方が動きやすい。


「助かる。では、いくぞ」

 そう言うと先生は、私の後ろへと周り、一歩下がった場所から私に進むようにと目で合図する。

 そう、まるで女王に付き従う護衛騎士のように。


「え、えっと、先生?」

「君は姫君として周知されたんだ。私はその護衛騎士。正しい位置だろう」


 そうだけど!!

 確かに立場的には正しい位置なんだけれども!!

 真面目か!! ──真面目だ……。

 その距離感が、なんだか少しだけ寂しい。


 ずっと、先生の隣を並んでも違和感がないくらい大人になりたいと思ってきた。

 早く大きくなりたい。

 大人の姿だったなら、って。


 王位を継いだら元の大人の姿にはなるけれど、先生と隣り合って街を歩くことはなうなるんだろうか。

 そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。


「……まぁ、まだ戴冠式前だ。気にすることもない、か……。行くぞ──カンザキ」


 そう言って先生は、今度は私を追い越して、私の前を歩き始めた。

 いつも通りの呼び方に、いつも通りの広い背中に、思わず頬が緩む。

 あぁ、やっぱり私、先生のこと、好きでよかった。


「ま……待ってくださいよぉ〜!!」


 何年も追いかけてきたその大きな漆黒の背中を、私はまた、ふにゃりと笑って追いかけるのだ。

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