見守ってくれる光達


 がらんとして静まり返ったグローリアス学園の廊下を、一つの靴音だけが響く。


 たくさんの笑い声で溢れていた中庭も、先生方の熱弁が聞こえていた教室も、美味しい香りの立ち込める食堂も。

 人はまばらで暗く感じる。


 ゴーン、ゴーン……。

 時を告げるグローリアスの鐘の音も、どこか寂しげに聴こてくる。


「グローリアスが──泣いてる……」


 すぐに終わらせるから。

 そうしたら皆、誰一人欠けることなく戻ってくるから。

 だから、もう少しだけ待っていてね。



 食堂で朝食を友人達といただいてから、皆自分のするべきことに向かっていった。


 ジオルド君とアステルは騎士団と合流し、ラウルとメルヴィ、それにセレーネさんとマローは魔術師団についてもらっている。

 そしてクレアは、大司教様のところで、この中央圏にかけた防御系聖魔法の最終強化をしてくれている。


 皆、それぞれに頼んだことを、しっかりとしてくれてる。

 私も、一旦落ち着いて頭を整理しなくちゃ。


 中庭を抜けて長い廊下を一人歩きながら思考する。


 まず、戦いが始まったら私はレオンティウス様についていく。

 レオンティウス様達一番隊が赴く最前線へ。

 私たちの予想では、最前線はグレミア公国が侵入してくるであろう国境ではない。

 彼らは限りある魔力増強剤を無駄にはしないはず。

 だから一気に中央圏を目指すだろう。

 そして陣を張るのはおそらくミレの丘。

 ミレの丘付近での戦闘が最前線だ。

 レオンティウス様には私がつくからまず問題はない。


 問題は──フォース学園長だ。


 彼があまりにも最近おとなしい。

 おそらく彼はこの時点ですでにわかっているのだ。

 戦争をきっかけに魔王が復活することを。

 そしてそのためにも、自分の命を引き換えにクレアの聖女としての力を覚醒させなければならないということを。


 ということは、私が戦いに出ている間、もしくはその前に、クレアへと話があるはず。

 もしもの時は自分を殺せ、と。


「……少し、協力を仰ごうか」

 私は軽く魔力を放出させると、【彼ら】に届くように念じた。


「どうかここに来て。おねがい──!!」


 すると【彼ら】はすぐに私の目の前に姿現した。


 赤青水黄橙緑白黒。

 8色の光の玉。

 そう──精霊だ。


 聖域に住む精霊は普段そこからは出ない。

 だけど、私が私を知った今なら、答えてくれる、そう思ったのだ。


「ごめんね、呼び出してしまって。私が忘れている間も、ずっと見守っていてくれてありがとう」

 私の言葉に嬉しそうにふわふわと動き回る光達。


「お願いがあるの。クレアを見張っていて。あの子がもしフォース学園長に呼び出されたら、すぐ私に教えて欲しいの。あなた達にとって主人でもあるエルフの王に逆らうようで申し訳ないのだけれど……」


 全ての精霊をまとめるエルフ族の王フォース学園長。

 そんな人物に内緒で動いてもらうのはとても心苦しいけれど、彼らにしか頼めないことなのだ。


 私は藁にもすがる思いで彼らに頼むと、すぐにまたクルクルと私の周りを踊るようにまわり、心の中に【わかったよ】と高い声が入り込んできた。


 あの時の声だ。


 私がここに帰ってきてすぐ、聖域での魔力検査の時。

 暖かい光の中で聞こえたあの声。


【おかえり。待っていたよ】


 そう言ってくれた声と同じ。

 やっぱり君たちだったのね。


「ありがとう」


 ずっと見守っていてくれて。

 私を助けてくれて。


 私の言葉に答えるように、精霊達はくるりと回ってから、景色に溶けるように消えていった。

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