この教室で、また。
眠るまでと言っていたはずだ。
なのに何で?
どうして……どうしてまだ私の手を握ってるの先生ぇぇぇぇえ!?
次に目が覚めた時、私はあの夢の後とは違ってとってもすっきりとしていた。
それはきっと先生の冷たい手が私のショートしそうな熱を全部取り去ってくれたからなのだろう。
でもまさか、私が起きるまでずっとこうしていてくれるだなんて……。
傍らには私の右手を握ったまま、ベッドに頭を預け床に座って眠る先生。
人前でこんな姿を見せることのない先生。
それを私の前では見せてくれるようになったと言うことは、少しでも私に気を許してくれていると言うことなんだろう。
それがなんだか嬉しくて、私は先生の銀の髪をそっと撫でた。
「ありがとうございます、先生」
「ん……」
私がゆっくりと起き上がり、眠る先生へと静かにお礼の言葉を述べると、先生は小さく色気のある声を発し、身じろぎした。
「……カンザキ……?」
アイスブルーが開かれて、形のいい唇が動き私を呼ぶ。
「はい、先生。ずっと手を握っていてくださったんですね、ありがとうございます」
そう言ってふにゃりと笑えば、先生はポカンとした顔で、私の手を握る自分の手に視線を落とし、そしてこれでもかと言うほどに目を見開いた。
「!! ッ、すまない!! 仮にも女性の部屋に朝まで……!!」
真面目か!! ──真面目だ。
そしてやっぱり仮にもは余計だ。
まごう事無き女子ぞ。
「大丈夫です!! おかげで寝起きすっきりですし、ダブル先生に囲まれて寝られるなんて幸せだったので!!」
左に先生の抱き枕、右には先生本人の手。
その間に挟まれた私。
なんのご褒美だろうか。
尊死する……!!
「……そいつを認めたくはない」
自分なのに。
「あ、そうだ先生」
「なんだ?」
「少し、お時間をいただきたいです。放課後で構わないので、お時間いただけますか? できればレイヴン、レオンティウス様、あとグレイル隊長とジャン、セスター、フロルさんも呼んでいただきたいんです」
私が言えば、先生は首を傾げ眉を顰めた。
「私はクレア達を呼びます。皆には、きちんと話しておきたいんです。私のこと。国王と王妃のこと。あの城で……」
王位継承の際には国民に向けても貴族に向けてもその話はしなければと思っている。
だけどその前に、知っていて欲しい。
もう彼らに、隠し事ばかりしていたくないから。
「……そうか。わかった。放課後、時間をとるようにしよう」
「ありがとうございます!!」
私が未だ私の右手を握っている先生の手に自分の左手を重ねると、先生はピクリと肩を揺らしてから、そっと私の手を解放した。
「……今日は君にとって生徒である最後の日だ。悔いのないように過ごしなさい」
そう言われてあらためて実感する。
今日が私がグローリアスの生徒でいられる最後の日。
そして、皆が答えを出さねばならない日。
どれだけの人数が残るのかは想像つかないけれど、どこにいても、きっと皆、それぞれの力を発揮してくれるだろう。
「はい!! 私、悔いのないように学生生活を楽しみます!!」
そして私の、学生生活最後の日が始まった。
これからはもう気軽に食堂で食事をいただくこともできないのだとしみじみと感じながら、私は先生と一緒に朝食をいただいた。
私のことを知ったからだろう、生徒達や騎士達の視線をビシビシと感じながら、あらためて食堂のテーブルをひと撫でし、【学園の意思】に「ありがとう」と感謝を伝える。
自分の生まれを知らない、ここに転移した時からずっと見守ってくれた【学園の意思】。
私の心に寄り添ってくれた【学園の意思】には、本当に感謝しかない。
城の清掃や食事もこの【学園の意思】がしてくれるらしく、私は感謝の後に「これからもよろしくお願いします」と続けた。
そしてHR。
一人ずつレイヴンのいる空き教室へと呼ばれ、自分の選択を伝えていく。
その間残った生徒達は、教室で自習という名のお話時間を満喫している。
今日で学園は閉鎖される。
明日からは皆自分が決めた場所で、そして私は王城でそれぞれの役割を果たしていく。戦争が終われば、皆またここに戻ってくる。
でも私は、皆と一緒にこの部屋にいるのは今日で最後なんだ。
そう思うと少しばかりの寂しさが胸を過ぎる。
「ただいま!!」
「お帰りなさい、クレア」
私たち仲良しグループでは最後に呼ばれていったクレアが別室から帰ってきたところで、私は皆にあらためて向き合った。
「クレア、メルヴィ、マロー、ラウル、放課後少しだけお時間もらえますか?」
「時間? 良いですけれど、どうしたんですの? いったい」
私の声が少しだけ固くなっていることに気づいたのか、メルヴィが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「城で、少し話したいことがあるんです。皆には……話しておきたくて……」
真剣に一人一人の目を見ながらそう話すと、それぞれ同じように真剣に話を聞いて、そして頷いた。
「わかったわ。放課後、あけとく」
「ありがとうございます!!」
「おーい皆ー、席につけー」
最後の一人がレイヴンと共に教室へと帰ってきた。
「自習が捗ってたみたいだな、お前ら」
ニヤリと笑ってそう言ったレイヴンは、まるで学友と教室で語らう最後の時間は楽しかったか? とでも言うようだ。
「んじゃ、とりあえず皆の答えは聞き終えた。ここに残ってセイレを守る者。自分の領地で領民を守るもの。皆、それぞれの地で、とにかく生きろ。んで、戦いが終わったら、また全員揃ってここで会おう。一人も欠けることなくな!! おいヒメ、なんか他人事みたいに見てるけど、お前もだぞ」
突然に振られた話に驚きながらも「私も?」と尋ねる。
だって私は、もう生徒じゃなくなる。
王位を継承したら、20歳の元の年齢に戻るんだから。
そんな思いを見抜いているかのように、レイヴンが頷いて続けた。
「王位を継承しても、実年齢に戻っても、お前は俺の生徒だ。そしてこのSクラスの仲間だ。だから、お前も必ずここに集まれ。そんでさ、皆で教室で祝勝会でもしようぜ」
「レイヴン……はいっ!!」
誰も欠けることなく。
もう一度、ここで。
「お前達と、またここで会えるのを、俺は楽しみに生き残るからな!!」
レイヴンの琥珀色の瞳が揺れる。
頬がピクリと震え、何かを堪えながら笑みを張り付けるレイヴンは、紛れもなく私たちの大好きな“先生”の顔をしていた。
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