あの日父と母を殺した者は
……ここは……?
深紅の長い絨毯。
荘厳な装飾。
キラキラと輝く魔石灯シャンデリア。
そして重厚なる玉座──。
ここは今日入った謁見の間だ。
それにしてもずいぶん視界が低く感じる。
その理由についてわかるよりも先に、私の頭上から声が降ってきた。
『ヒメ、どうだった? シリルは。とても良い雰囲気に見えたけど』
私の意思とは関係なく視界がグルンと動き、私は声の主を見上げた。
『ヒメ、シリルしゃますき!! シリルしゃまとけっこんするっ!!』
高めの幼い女の子の声。
それにシリルしゃま、って……まさか……これは……。
視界に映り込んだ人物を見て、私は思わず呼吸を止めた。
国王──……!!
と言うことは、これは過去の記憶!?
シリル──先生と結婚するとかほざくのはまさか──私ぃぃぃい!?
『あらあら、ヒメったら、ずいぶんシリルが気に入ったのね』
微笑ましそうに優しく見下ろすのは王妃。
『あー……だがヒメ? 確認しときたいんだが、ヒメが結婚したいのって、お父様だよなー?』
へらりとした笑みを浮かべ王座に腰を下ろしてから、私の顔を覗き込む国王。
『ううん、ちがうよ』
『ちがうの!?』
幼女の容赦ない一言に石化する国王。
子どもはどこの世界であっても言葉を選ばないものだ。
でもちがう。それだけじゃない。
確かこの時言いたかったのは──……。
『だっておとうさまは──』
ゴンッ!!
『!?』
言葉の途中で大きな物音が響いて、私の言葉は遮られた。
『あぁ……、うん、大丈夫。可愛いネズミくん(・)のようだから』
『ネズミさん?』
この時、ちゃんと伝えるべきだったんだ。
さっきの話の続きを。
だってこの後に──……。
バリッ、バリバリッ!!
突然ノイズのような音が走り、そこから映像が断片的なものへと変わる。
『おぉ、久しいな、“──”』
誰?
誰が来ているの?
国王の言葉からして、彼がよく知っている人?
まるで古いテレビの砂嵐のよう。
映像がビリビリと歪んで、何が何やらわからないまま、映像は切り替わった。
『許さない──なんで──』
あの声だ……!!
夢で時々出てくる、低い憎しみの声ではなく、高い少女のような、でも同じように憎しみの込められた声。
そして──。
『ッ!! リーシャ!! ヒメ!!』
国王が私と王妃を呼ぶ声と共に眩い光が立ち込め、あたりは一瞬にして炎の海と化した。
『おとうしゃま!! おかあしゃまぁぁ!!』
『大丈夫よ、ヒメ───……どこにいても、貴女を愛しているわ──……』
『ヒメ、生きろ──!!』
王妃と国王の声が私に届いたと同時に、私の視界は白い炎だけになり、二人は炎の渦に飲まれた。
私の目の前で。
そして見えてしまった……。
白い炎の隙間から覗くブロンドの髪と……アメジストの双眸が──……。
「──カンザキ!! カンザキ!! ッ、ヒメ……!!」
暗転した世界の中で、深く低い声が遠くで私を呼ぶのが聞こえる。
その声に無理矢理引っ張られるように、私は重い瞼をゆっくりと開いた。
目の前に広がるのは心配そうにこちらを覗き込む、愛する推しの美しきご尊顔。
「せん……せ……?」
掠れた声で彼を呼びながら、のっそりと身体を起こす。
口の中が乾いて喉がカラカラだ。
身体中の水分がどこかへ行っちゃったみたい。
「すまない。ひどくうなされていたようだから、仮にも女性の部屋に勝手に入ってしまった」
仮にもは余計だけれど、律儀に謝る先生に思わず笑みが溢れる。
そうだ、夢だ。
今のは夢なんだ。
「い、いえ、ありがとうございます、先生」
目が覚めて一人じゃなくてよかった。
私の目に最初に映るのが先生でよかった。
じゃなかったら私、何かに引き摺り込まれていただろうから。
「何があった?」
先生はベッドサイドにしゃがみ込むと私の右手を自身の冷たいそれで包み込んだ。ひんやりとして、でも温かみのある大きな手。
「父母が……夢に出てきて……。あの日の夢でした……。先生と初めて会った日。先生とシルヴァ様が帰った後、父と母が……炎につつまれた……」
「!!」
でも、それだけじゃなかった気がする。
その後、私は何か見てはいけないものを見たような気がするのに、その夢の部分だけが靄がかかったようにひどく朧げだ。
「そうか……。カンザキ、それは夢であり、過去だ。今を見失うな」
「はい、もちろんです」
私にはやるべきことがある。
立ち止まってるわけにはいかないんだから。
「とりあえず、まだ夜中だ。もう少し寝ていなさい。君が寝るまで、こうしているから」
そう言って表情を変えることなく、握ったままの私の右手にまた力を込めた。
「えぇっ!? い、いいですよ!! ほら、等身大抱き枕の先生もいますし!!」
そう言って私は隣で添い寝してくれている、もはや私の夜のお供のごとく必需品になっているシリル・クロスフォード等身大抱き枕に視線をやると、先生はこれでもかと言うほどに眉間にシワを刻みつけた。
「そんなものより私の方が有能だ」
「何張り合ってんですか!?」
「張り合ってはいない、事実だ」
「大人気ない!!」
言い合いながらも右手は拘束されたままなのだから、
私と先生は、生徒と生徒、騎士と姫、推しと変態だ。
そして先生ははぁ、と一つ息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。
「君が頑固で無茶ばかりするのは私は慣れた。君もいい加減、こう言う時私が引かないことを学べ」
まっすぐに見つめてくるどこか甘さを含んだアイスブルーが、さっきまでの言いようのない負の感情を全て洗い流してくれるようだ。
この瞳には、勝てない。
「うぅっ……はい……」
先生の貴重な甘さにダメージを受けると、私は右手に先生を感じながら再び目を閉じるのだった。
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