シリルの幸せに必要なもの
「で?」
「で? ──とは?」
夜になって先生の部屋のソファで二人並んでまったりとお茶を飲む。
束の間の休息。
ここだけ見れば本当に平和なのだけれど……。
ジロリと横目で私を睨みつけるアイスブルーの瞳からは、心なしか殺気が感じられるのは気のせいだろうか。……気のせいであってほしい。
「最前線に出るなどという話は……私は聞いていない」
少しだけ拗ねたようなその言い方にときめきつつも、私は「あー……」と言葉を濁す。
「無茶をするなと言ったはずだ」
「でも無茶は慣れたとも先生は言いました」
「屁理屈だ」
「屁理屈ばかりなのもよくわかってるでしょう?」
あぁ言えばこう言う。
譲れないもののためには頑として譲らない私のことは、きっと先生はよくわかっている。
だって、それだけの時間をずっと、一緒に過ごしてきたのだから。
「っ……君は……っ……。何を、するつもりだ?」
「短期集中でボスをぶっ潰します」
「大公をか!? だが大公は……」
「後方で高みの見物、でしょう?」
将となる王族や大公は本来、最前線なんかには出ることはないのだけれど──。
「王位を継ぐと発表があっても尚侵略を決めたあたり、彼は私を侮っているでしょう。グレミア公国は他国の侵略に何度も成功していますし、力を過信しているようにも見えます。だからきっと、自分の目で見にくるはず。あの大国セイレを破る瞬間を……」
世界を作り上げた全ての国にとっての神である鬼神のおさめていたセイレは、今もなお周辺国を取りまとめる絶対的な存在。
そんなセイレを落とす瞬間を見たくないとは思えない。
「きっと彼もセイレに踏み込みます。最前線ではなく、勝利の瞬間の見える場所で見物すると思うんですよねぇ。そう、例えば……【ミレの丘】辺り、とか」
中央圏の端っこにある小高い丘──【ミレの丘】。
あそこからならセイレ城もグローリアス学園も見渡すことができる。
私が言うと、先生は少しだけ驚いたように目を見開いてから、
「まったく……。私は時々、君が馬鹿なのか賢いのかよくわからなくなる」
と頭を抱えた。
「先生、私がいた世界では、馬鹿と天才は紙一重という言葉がありまして」
「君にぴったりな言葉だな。その言葉を考えた者に敬意を表したい」
なんだろう、褒められてはいない、気がする。
「先ほど君が言ったように、【ミレの丘】に陣を張るであろう可能性については、騎士団でも話をしている。。がそこで待ち伏せるにはあまりに手が足りん」
「はい。なので陣、取ってもらいましょう」
相手方の布陣がわからない以上、こちらの人員を待ち伏せに割くのは危険すぎる。
「あぁ。我々はあくまで、防衛しながら勝利を掴む。もちろん全員が無傷とはいかないだろうが、怪我人も死者も、最小限で終わらせたい」
「はい。なので、一度私が最前線に出て、敵の動きを止めながら陣を目指すつもりです。トップにはトップを、です。それに最前線には──レオンティウス様が出るのでしょう?」
「……レオンティウスに……何かが起きる、と言うことか?」
察しのいい先生にはきっと何を意味するのかがわかってしまったのだろう。
眉を顰め、苦しげな表情で私に尋ねる。
私はその質問に答えることなく、ゆっくりと口を開き、静かに言葉を紡ぐ。
「……先生、私がここに転移してきた日、私、決意したんです。先生を幸せにしてみあせるって」
まだこの世界の真実を知らなかったあの日。
ただ推しの幸せな未来が見たくて、私は決意したんだ。
先生の幸せな未来を作る、と……。
「先生の幸せには、レオンティウス様が必要、でしょう?」
鬱陶しがりながらも先生はレオンティウス様やレイヴンを大切に思っているのはわかっている。
彼らの無事が、先生の幸せの一つだ。
「っ……あぁ。……だが忘れるな。その“必要”の中には、君も含まれていることを」
予想外に飛び出した私という存在に、私は思わず「私、も?」と間抜けな顔で聞き返した。
「当たり前だ」
不機嫌そうにそう言って先生は私の腕を引き、その硬い胸へと抱き入れた。
「せ、先生!?」
なんのサービスですか!?
「君の帰る場所を、間違えるな」
「っ……!!」
耳元から囁くように心地良い声が入り込み、身体中に侵食していく。
あぁ……。
先生はやっぱり、天然の毒だ。
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