謁見の間


 若干呆れ気味の先生に連れられて城の中へと入り、まっすぐ中央の階段を上がり大きく分厚い扉を開ける。

 出入り口から奥へと伸びる赤い絨毯。

 そしてその先には、漫画やテレビで見たことがあるようなどっしりとした重厚な玉座──。


 キィィィィィィィィン!!


「っ──!!」

 瞬間、頭の中に細く高い音が走り、私は右手で頭を押さえると、ふらりと力が抜けてバランスを崩してしまう。

「っカンザキ!!」

 先生がすぐに気づいて受け止め支えてくれたことで、床とお友達になることだけは避けられたけれど、頭痛が治まらない。

 身体の奥から湧き上がってくる例えようのない恐怖。

 冷たいものが身体を這うように上がってきて、鳥肌が立ってくる。


 何──これ──?


「ヒメ……あんたまさか……」

 レオンティウス様が神妙な面持ちで何かを言いかけるも、そこから言葉が続くことはなかった。

「すみません、少し頭痛が……。さっきまで村全体に防御魔法を施してきたからでしょうし、大丈夫ですよ。行きましょう」

 私は支えてくれた先生の手にそっと触れると自分でゆっくりと体制を整え、自分の足で一歩一歩真っ直ぐ奥まで進んでいく。

 そして王座の前まできた私は、そっと、それに触れた。

「!!」

 私はここを知っている。

 頭の中に入って広がっていく断片的な映像。

 黒髪の幼女と、国王と、王妃。

 そうだ、私……。

 あの日……、先生と別れたすぐ後──。

 ここで父母と一種に、に会ったんだ──。


 あと少し。

 あと少しで思い出せそうなのに、それがつっかえて出てくることができないのは、思い出すことを無意識に拒絶しているなのだろうか。

 でも今はそこで止まっている場合ではない。

 私は私の責任を果たさないと。


「まずはみなさん、昨日の話ですが、全て事実であり、今騎士団では防衛準備が進んでいます。生徒達には本日中に色々と考えてもらって、明日、自分の出した答えを担任へと伝える形になります」

 きっと今頃皆、それぞれ懸命に考えているだろう。

 自分がどうしたいのか。


「グローリアスが狙われているのでしょう!? でしたら尚のこと危険では!?」

「娘達を避難させるべきです!! まだ子どもなのですぞ!?」

「この国は一体どうなってしまうのですか!?」


 子を持つ親としては子どものことが心配なのはわかる。

 避難をさせたいという親心も。でも──。


「三カ国に対してこちらはセイレ一国。人手が足りないというのも事実です」

 現状を隠すことなく伝えれば、非難の声は再び燃え上がる。

「子ども達を戦いの場に送り込むおつもりか!!」

「教師たちは何を考えて──」

 あぁ……違う。

「好きでこの選択をさせているとお思いですか……!!」

 思わず私が声を上げ、当たりはしんと静まる。


「先生方は皆、お生徒達のことを大切に思っています。グレミア公国が不穏な動きを見せ始めてすぐ、生徒達のために、本来一年生が覚えることのない防御魔法をカリキュラムを変更して懸命に教えてくださいました。彼らがどこにいても、最低限自分の身ぐらいは守れるように!! 命を守る術を教えてくださったんです!!」


 レイヴンも、パルテ先生も、ジゼル先生も、ここにいる先生だって。

 皆、生徒のこと本当に思ってくれている。

 死なせたいわけがないのだ。


「生徒達もそう。大変だったはずなのに、皆音を上げることなく必死についていってくれました。そして、Sクラスだけじゃない、Aクラスも自分の身を守る防御壁を作り出すことができるまでに成長しました。……残る選択をしたとしても、生徒に敵と戦わせることはありません。負傷した者の介抱、伝達。そして防御壁の修復をしてもらうつもりです。もちろん、避難してもいい。家に帰ってもいい。どんな選択をしても、彼らが自分たちで選んだことならば。生徒達だって考え、決断することができます。彼らは確かに、親からしたらまだまだ子どもかもしれない。でも、何も知らされないまま、ただ言われるがままになっている程幼い子どもじゃないんです」


 大人でもない。

 子どもでもない。

 そんな微妙な年頃の彼らには、自分で考え決断をさせねばならない。

 それがきっと、彼らの力になるのだから。


「……最前線には、私も同行します」

「カンザキ!?」

「ヒメあんた!?」

 私の言葉に驚きの声をあげる先生とレオンティウス様。

 そして貴族達のどよめきが広がる。


「貴族が大きな魔力を持って生まれるのは、弱き者を助けるため。私はそう教えてもらいました。そして王族がそれ以上の力を持つのは、貴族も平民も、全ての国民を守り切るためです。何の罪もない人たちが傷つく必要はない。私は、この国の王族として、グレミアの大公を潰す。タイマン上等!! です!!」

 この世界の人々にとっては馴染みのない言葉だったのだろう、皆一様にぽかんとした表情で私を凝視する。


「私が、誰も死なせません。そのために私はあるんですから。だからどうか、子ども達が自分で考え、決断した答えを信じてあげてください。お願いします」

 そうして私は、彼らに向かって背筋を正すと、ゆっくりと頭を下げた。


「カンザキ……。……私からも頼む。生徒達は、自分たちで努力を重ね、命を守る術を学んだ。そして自分だけではない、他者もまとめて守る力を持った者もいる。それらは全て、生徒らの努力の結晶だ。彼らのことを、彼らの出す答えを、信じてやってほしい」

 私の隣で、先生がそう言って同じように頭を下げた。


 王族である私と、筆頭公爵家当主である先生が揃って頭を下げる姿に、人々は戸惑い言葉を失った。

 しばらく静寂が謁見の間を支配し、やがてぽつりぽつりと、静かに声が発せられる。


「王族である姫君の力が前線で振るわれるなら……」

「何とか、なるかも……」

「そういえば子どもも言っていたわ。何があっても大丈夫だって」

「そんな自信を持ったのは、自信を持つに値する経験を、ここで積んだから、というわけか……」


 皆、誰もが子どものままではいられない。

 いつかは切り替わることのなるのだ。

 きっと今が、そのいつか。


「姫君、突然の無礼をお許しください。そして無礼にもかかわらず私たちの声に真摯に向き合っていただき、ありがとうございました。私は、子どもの決断を待つことにします。どんな決断を下そうと、子どもが自分自身と向き合って出した答えならば、受け入れましょう」


 一人が私にそう言うと、その言葉に同意するようにそれぞれが頷く。

 皆、先ほどまでの歪んだ表情ではなく、どこか晴れやかな表情を浮かべて。


「力を持って生まれた貴族の責務。危うく忘れてしまうところでした。私たちは私たちの領地の領民を、この力を以って守ると誓いましょう」

「皆さん……」


 この国の貴族はやっぱりすごい。

 貴族と国民の距離感が近い国。

 そんな素敵な国の王に、私はなるんだ。


 彼らの意思を見て、あらためて私の中で王となることへの意識が強くなった気がした。

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