君の無茶にはもう慣れた


「パントハイムを侍女にするそうだな。さっき本人から申し出があった」

「はい。ちょうど人手不足でしたし」


 フォース学園長が王族の秘密を守るために記憶の改ざんまでして城で働く人たちを他家にやってしまったから、私が王になった時身の回りのことをしてくれる人が誰もいない状態だ。

 無理。

 ドレスとか一人で着ることできない。

 パーティの準備とかも一人でなんて絶対できないし。

 日本育ちの私には、貴族のなんたるかなんて備わっていないのだから。


「君の命を危険に晒した人間だ。私個人としては思うところはある。が……あの一件以降の彼女の態度は問題もないし、授業も君との個別特訓も真面目に受けているようだ。それに貴族としての彼女の立ち居振る舞いは申し分ないし、貴族社会についてもよく知っている。侍女としても十分やっていけるだろう」


 セレーネさんはあの日以来本当に人が変わったように真面目になった。

 先生を追いかけ回すことも無くなったし、授業も一生懸命受けている。

 私との特訓も逃げ出すことなく受けているし、何と言っても彼女は美人だ。

 あの顔でこの真面目さならば、先生と並んでも全く問題はないのだろう。

 そう考えると、もやりと心の中を黒いモヤが横切って、私はその場に立ち止まった。


「……先生、今のセレーネさんなら、結婚しても良い、とか思ったりしますか?」

 そんなこと、聞いても意味のないことだとわかっているのに、口からぽろりと出てしまった不安。

 先生が選んだ人なら、それが先生の幸せになるのだから私の目的には沿っているはずなのに、先生との距離が縮まれば縮まるほど、それを拒絶したくなる自分がいる。

 なんて欲深くなってしまったんだろう、私は。

 推し先生が幸せなら、それで良かったはずなのに……。


 私が立ち止まったことで先生も立ち止まり、私を振り返ると、少しだけ眉間の皺を深くしてからため息を一つついた。


「……君は馬鹿なのか?」

「ぬぁっ!?」

 馬鹿!?

 私の不安はなんと「馬鹿なのか?」の一言で一蹴されてしまった。


「……私はすぐに心移りするような人間ではない」

 アイスブルーの瞳が真剣に私を射抜く。

「それに、私は生徒に手を出すようなことはせん」

「レイヴンと同じ信条ですね」

「奴と一緒にされるのは不本意だ」

 レイヴンの扱いよ……!!


「だが……そうか、君も生徒でいるのは明日までか……」

「? 何か言いました?」

「っ……いや、何でもない」

 さっきまで真剣な表情で私を見ていたアイスブルーが揺れて、私から逸らされる。

 心なしか血色がいい気がするけれど、気のせいだろうか?


「君は戦争のことも予知していたのか?」

 予知というのが【マメプリ】のことを指しているというならばそれはYESなんだろう。

 先生を攻略したいがために何度もあの鬱ゲームをプレイして、何度もあの戦争を見て、そして何度もレオンティウス様が死んでしまう場面を……、先生が死んでしまう場面を見たのだから。


「可能性としては、一応。ただ私というイレギュラーな存在があるのでどうなるかまでは確信できませんでしたけど」

 私はその予知の中には出てこない。

 あくまで1プレイヤーで、傍観者だった

 だから私というイレギュラー傍観者が入ることでどうなるのか、想像もつかない。

 私が今できるのは、【マメプリ】の情報をもとに様々な対策を取り、気を抜くことなくいろんな方向に気を配ることだけだ。


「これから何が起きる?」

「言えません」

「カンザキ!!」

 先生が声をあげるも、教えるわけにはいかない。

 そのことによって未来が変わってしまったら、助かるはずの命が助からなくなったら、私は後悔してもしきれない。


「それを話したことによって未来が変われば、私の今までの準備は水の泡になります。守りたい人たちを守るために、私は何が起きるのかを教えるわけにはいきません。でも、私を信じて、手伝ってもらえるところは手伝ってもらいたい。都合の良いことを言っていることはわかります。でも……お願いします、先生」


 誰も死なせたくないけれど、私一人ではできないことが多いのも確かだ。

 理由も言わずに手伝って欲しいなんて虫のいい話だということはわかってる。

 でも私を信じてとしか言うことができない。

 譲れないものを胸に、私はまっすぐに先生を見上げた。


「……」

「……」

 私の目を見つめ返し眉間に一層力を込めてから、やがて先生は小さく息をつく。

「……はぁ……。その目は、5年前から変わらないな。……わかった。君は無茶だけはするな。納得がいったわけではないが、手伝うことがあればすぐに言いなさい。協力しよう」

 困った子どもを見るような、でもどこか柔らかさを含んだ表情に、張り詰めた私の心が緩む。

「ありがとうございます、先生」

 ふにゃりと笑った私に背をむけ、先生は歩き出す。


「君の無茶にはもう慣れた」

 そんな言葉を落として。

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