推しのデレは最強です
天馬馬車の中でマローと楽しく話をしていれば、やがて窓の外にはグローリアス学園が姿を表した。
上空から見ると中央圏がしっかりと見渡すことができる。
グローリアス学園の裏には騎士団と共用の食堂棟。
その裏には騎士団本部。そして聖域の湖がよく見えて、そのまたすぐ奥には真っ白いお城が鎮座している。
「あそこに住むんだよな、ヒメ」
マローが私の視線の先にある城を同じように見つめてぽつりと呟いた。
「そうですねぇ。マイホーム、ってやつですかね」
「マイホーム大きすぎじゃないか!?」
仰々しいほどに大きく存在感のあるお城も、夢のマイホームだと思えば親近感も湧いてくるかもしれないと思ったけれど……。
うん、だめだ。
こんな非現実的な大きさでファンタジーな形状のマイホームあってたまるか。
「そういや、クロスフォード先生はお前の護衛騎士になるんだよな? クロスフォード家は王家の護衛騎士を務める家だって聞いたことがある」
「はい。先生は私の護衛騎士として、一緒に城に住む予定です。……はっ……!! ということは、あそこはいわば私と先生の愛の巣……!!」
「つい今しがた失恋した相手を前にしてもブレないなお前は」
マローが苦笑いしながら「あ、でも……」と続ける。
「公爵も騎士団長も教師もやってるのに加えてお姫様の護衛騎士とか……」
「はい。過労死コースまっしぐらです」
「だよな」
やっぱり他の人から見ても先生は過労死しそうなくらい働いているんだよね。
私だけじゃないよね、先生の過労死の未来がうっすらと見えてるの。
「だ、大丈夫です!! 先生は私が絶対死なせたりしませんから!! それに、公爵位は少しずつジオルド君に譲っていきますし、騎士団長も、しばらくは護衛騎士と兼任しながら、次期騎士団長になる人を鍛えていくそうです」
「次期騎士団長って……あの人並みに強いのってお前くらいなんじゃ……。ま、まさかお前が女王と兼任するとかじゃないよな?」
恐る恐るといった様子で尋ねるマローの発言に、私ははっと息を呑む。
そうか。その手があったのか……!!
あぁいやいや、でもだめだ。
流石に女王が騎士団長やっちゃうとか、ないわ。
「私もまだ次の騎士団長として先生が考えている人物については聞いてないんです。ただ、レイヴンもレオンティウス様も今の所兼任しながら側近としていてくれることになるので、この2人の線は薄いでしょうね」
「てことはジオルドか?」
「それはないです。騎士団長は世襲ではないですし、先生はジオルド君には自分のように若くからいろんな仕事をしてほしくはないみたいでしたから」
もちろんジオルド君は強いけれど、騎士団長になるにはまだまだ経験も力も足りない。何より彼には筆頭公爵家当主という役割だって待っているのだ。
自分のように過労死コースに乗らせようとは先生も思っていないし、ジオルド君が騎士団長になるという線は薄い。
「まぁ、先生が選んだ人なら、きっと変な人じゃないことだけは確かですよ」
「だな。……なぁ、そういえばさ、前にお前の親、確か亡くなってるって……言ってたよな?」
来た……。
そうなんだよね。
皆には私の親は炎に包まれて亡くなったっていうこと、言ってたんだよね。
そこから導き出される疑問は一つ。
「なぁ……まさか、王と王妃は……」
「その話は、またあらためてさせてください。機会を、作ります。もう、皆には秘密にしていたくないから」
彼らには、戦いの前に話しておきたい。
私のこと。
王と王妃のこと。
そして戦いのこと。
「ん。わかった。待ってるな。あぁそういえば──」
それ以上追求することなく話題を逸らしてくれるマローと楽しく談笑している間に、天馬馬車はグローリアス学園の正面玄関前へと降り立った。
扉を開けてマローが先に馬車から降りると、私へと手を差し出してエスコートをしてくれる。
さすが貴族のお坊ちゃん。
息をするように自然にエスコートしてくれるとか紳士すぎる。
私は「ありがとうございます」と一言お礼の言葉を述べてから自分とは違う大きな手に自分のそれを重ね馬車から降りると、すぐそばから「帰ったか」と耳心地の良い声が飛んできた。
「先生!!」
グローリアス学園正面玄関を背に立つ先生を見つけるや否や、私は両手を開いて先生へと抱きつ──「ふぐっ」──こうとしたけれど、先生の大きな手は無常にも私の頭をがっしりと掴み、距離をとられてしまった。
くっ……もう少しで先生の細くとも硬い胸板に抱きつけたのに……!!
「マロー・セリアと一緒だったのか」
そのままの状態で私の頭を掴みながら淡々と言葉を発する先生が尊い。
「はい。クレアは少しご両親と話してから帰るそうです」
「そうか。ご苦労だった」
労いの言葉をかけながらもその手は未だに私の頭を掴んでいる。
先生は拒絶のつもりなのだろうけれど私にとっては尊きじゃれあいだ。
「迎えもきたみたいだし、俺も寮に戻るよ。話、聞いてくれてありがとうな」
「あ、はい」
本当に聞くだけになってしまったような気がして申し訳ないけれど、答えがわかっていても思いを伝えてこれからも友達として仲良くしてくれようとするマローには感謝しかない。
「クロスフォード先生」
「何だ。マロー・セリア」
相変わらずの愛想のない反応でも臆することなくマローは言葉を紡ぐ。
「こいつのこと、よろしくお願いします」
あの氷銀の騎士団長として恐れられる先生に向かって自ら声をかける生徒なんてそういない。マローがどれだけの心持ちでそう言ってくれたのかが伝わってくる。
「君に言われなくとも。これのお守りは5年前から任されている」
色気のない、単調な言葉だけれど、そう言って向けられた眼差しの柔らかさがそれだけではないのだと語りかけてくるようで、私の鼓動が小さく打った。
「マジか……ハハッ。玉砕した上無意識イチャイチャ見せられることになるとは思わなかったなー」
「ま、マロー!!」
無意識イチャイチャってなんぞ!?
イチャイチャしてた!?
どこら辺が!?
「じゃ、ヒメ、また明日な」
「は、はい。また明日!!」
マローは爽やかに笑って手を振ると、学園隣の寮棟の方へと走っていった。
「……」
「……」
「……玉砕した、というのは……まさか……」
「あれ? 先生嫉妬ですか?」
私が冗談まじりに尋ねてみれば、先生は眉間の渓谷を深くして私から視線を逸らし、「別に。行くぞ」と短く返してから私に背を向けグローリアス学園内へと歩みを進めた。
何、今の。
謎にデレる推しが尊い……!!
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