純粋培養は健在です
暖かい。
ぎゅっと包み込まれた身体がじんわりと熱を持っていく。
刹那、私を包んでいたものが一瞬にして緩まり、すぐ近くではっと息をのむ音が聞こえた。
「ん……」
その気配に、私がゆっくりと瞼を開くと、目の前では唖然とし、戸惑いと驚きが混ざり合った複雑な表情をした先生の美しいお顔が私を見つめていた。
あぁ、そうか。
私、酔っ払いの先生に抱きしめられたまま眠っちゃったんだ。
意外と冷静な脳みそでそう理解すると、私は未だ固まったままの先生にとりあえず何か言おうと口を開く。
「あー……えっと……、おはよう、ございます?」
「あ……あぁ……。いや、うん、おはよう」
おおよそ先生らしくもない惚けた反応に、私は苦笑いをしてからベッドに2人で転がったまま先生の硬い胸板にぎゅっと抱きついた。
「っ!? カンザキ!?」
「先生、今回は私、悪くないですからね?」
「? 何が……」
混乱状態の先生に私のいたずら心がくすぐられ、私は自分にあるすべての清純さを結集させた表情を浮かべてから視線を伏せると、恥ずかしそうに演出しながらこう言った。
「先生が……私をベッドで離してくれなかったんですからね?」
「!?!?」
案の定、目をかっと見開いて再び固まってしまった先生。
間違ってはない。
本当に離してくれなかったのだから。
うん、間違ってはない。
ただちょっと、色々雰囲気で含ませたけれども。
私はまだ怒っている。
私のことを子どもだと追い払った先生に。
オトナの私をもう少し思いしればいいのだ!!
「私は……そこまで限界に達していたのか……」
「へ?」
先生は何やら1人ボソリと呟いてから、やがてのっそりと起き上がり、私の手を引いて丁寧に優しく起き上がらせた。
そのスマートなエスコートと、意外にも優しく掴まれた手の温もりに、私の頭が追いついていかない。
そして先生は、大真面目な顔をして私を見つめると、とんでもないことを言い放ったのだ。
「カンザキ、とりあえず君は戴冠式も控えているし、諸々準備すべきものも多い。最速で見積もっても婚約期間は8ヶ月だ。戴冠式直後に発表という形でどうだろうか」
……ん?
婚約期間?
「あ、あの、先生? 何を……」
「少々予定は狂ったが、早まっただけだ」
「いや、待って、婚約って誰と誰の?」
「何を言っている。私と、君のだ」
「!?!?」
先生と……私のぉぉぉぉおお!?
「ちょ、ちょっと待った!! なんでいきなりそんな話に!?」
そりゃ願ったり叶ったりだけども!!
こういうのって付き合ってからとかじゃないの!?
付き合ってくださいも婚約してくださいもすっ飛ばして婚約することになった!?
そもそも先生は私のこと好きなの!?
「ん? どうした?」
脳内がキャパオーバーしてふらりと目眩を起こした私を支え、私の顔を覗き込む先生。
かっこいい……!!
どの角度の先生もかっこいいよ……!!
かっこいいけどこれ以上混乱させないでぇぇぇえ!!
「あ、あの、ちょっと一旦冷静になりましょ? 責任って、言ってましたけど、もしかして先生、昨夜私たちの間に何かあったとか思ってらっしゃいます?」
私が一度深呼吸してからそう尋ねると、先生はくいっと首を傾げてから小さく頷いた。
やっぱりー!!
盛大に誤解してた!!
いや、紛らわしい態度と言葉で誤解させた私にも非はあるけど!!
100パーセント純粋培養のシリル・クロスフォードは健在だった……!!
「えっと……何も、なかったですよ?」
「────は? いや、でもさっき……」
「よく見てください。私に衣類の乱れ、あります?」
昨夜先生を待っていて着替えずに寝てしまったから制服のままだ。
まぁ、このまま寝ていたから多少制服がシワになって入るけれど、それらしい痕跡はないはずだ。
「っ!! 騙したのか」
「だ、騙してはないですよ!? 先生がベッドに押し倒して、そのまま眠っちゃって離してくれなかったんですから!!」
「〜〜〜〜っ!?」
ぁ、また先生がフリーズした。
「わ……私が君を……?」
シラフに見えたけどやっぱり酔ってたのね。覚えてないみたい。
「ということで、今回は私、悪くないですからね!?」
いつもはこっそりベッドに忍び込もうとして縛り上げられる私だけど!!
今回は、今回だけは無実だ。
「……すまない。覚えていない」
「でしょうね。普通通りの顔をしながらもお酒のにおいさせてましたし。まぁでもそういうことなので、責任云々は大丈夫ですよ」
本音を言うならば先生と婚約とか結婚とかしちゃいたいけど。
でもこう、ちゃんと好きになってもらって、告白だってしてもらってから段階を踏みたい。
責任でそこら辺有耶無耶になるのはごめんだ。
「あぁ。すまなかった」
「はい。私も、昨日子どもだって言われて怒って意地悪しちゃいました。ごめんなさいです。私、シャワー浴びて着替えてきますね」
今日は学園がお休みの日だとはいえ、昨日から着替えていないし、汗を流しておきたい。
「あ、あぁ……。──カンザキ」
ベッドから降りたと同時に呼び止められて振り向いた私に、先生はこれまた大真面目な顔をして言った。
「私は、今の君を子どもとしては見ていない」
「!!」
「酒のせいにするつもりはない。……色々、ちゃんと考えている。だから、待っていなさい」
「ま、え、と、ちょっ……」
考えてる!?
待ってなさい!?
「それって……」
「私は騎士団のシャワールームを使って、そのまま執務室で仕事をする。ゆっくり入れ」
私がその言葉の意味を尋ねる前に、先生はそう言い残して部屋から出ていってしまった。
「ちょ……先生!?!?」
残された私の声だけが部屋に響き渡った。
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