ダンス最終試験


「でさぁ!! 親父も兄貴も姫君プリンシアのことで頭がいっぱいみたいでさ!! 親父は“美しい歌声だった!! お前にも聞かせてやりたかった”って。兄貴なんて“まさに天使だ!!”ってさ。普段大人な兄貴だけど、ヒメに対してはなんかおかしくなるだろう? まさにあんな感じで、2人とも俺の寮の部屋にまできてわざわざ語ってったよ」


 シルヴァ様の葬儀で見せた姫君としての姿に、騎士たちは湧いていた。


 口元しか見えなかったが素晴らしい歌声だった。

 シルヴァ様の骸に口付けた姿はまさに天使のようだった。

 そんな小っ恥ずかしい声は街にまで広まり、今や姫君人気は最高潮を極めている。


 不人気よりは良いんだけど……。

 姫君の髪はこんな色じゃないか。瞳の色はあんな色じゃないか。と、姫君の顔予想が流行っているのは勘弁してほしい。

 これ以上ハードルを上げないでぇぇぇえ!!


「あんたの兄さん、まともそうなのにヒメのことになるとおかしくなるもんね。それが姫君に持って、よっぽど兄さんの心にズキュンと響いたのね」

「だよな。まぁそれでもヒメのことは変わらず推し続けてるけどな。うるさいほどに」


 やめてぇぇぇぇぇええ!!


 私は推される側じゃない!!

 推す側なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!


「あ、あはは……。私、そろそろ用事の時間なので、行きますね」

「あぁ、今日だっけ?  ジオルド様のダンスの試験」

「はい……」


 そう。

 今日はこれからジオルド君のダンスレッスン最終試験の日。

 厳しいジオルド君のお眼鏡に叶うかどうかの、私の特訓の成果が試されるのだ。

 朝から胃が痛い私だけれど、一つだけ楽しみがある。


 なんと!! 今日は客観的にダンスの上達を見るため、パートナーはジオルド君ではなく先生がつとめてくれるのだ!!


「はー……貴族って大変ねぇ」

「いや、ヒメは貴族じゃないだろ」

「はい」

 王族ですが何か。


「……」

「?  メルヴィ?」

 視線に気づいて隣を見れば、メルヴィが無言でじっと私を見つめていて、声をかけるとすぐに彼女は何でもないかのようににっこりと笑った。

「ごめんなさい、ぼーっとしていましたわ。頑張ってきてくださいね、ヒメ」

「はい!! 行ってきます!!」

 私はそのことに特に何も考えることなく返事をすると、学園のダンスホールへと向かった。




「よろしくお願いします。先生、ジオルド君」

 ドレス丈での試験の為、ドレス丈スカートとヒールを履いて、私は先生の目の前に立つ。

 絶対に合格点をもらってみせる……!!


「とりあえずその顔をどうにかしろ。どう見てもこれからダンスをしようという顔ではない。私は殺気立ったバーサーカーとダンスを踊る気はないぞ」

 なぬ!?

「まぁ、意気込みは分かったが、どっちかというと戦場に赴く戦士の顔だぞ。【グローリアスの脳筋】」

 ぬあっ!?


 失敬なっ!!

 乙女の顔ぞ!!


「……気負うな。私だけを見て、いつも通りやればいい」

「先生……はい!!」


 先生だけを見るのは得意ですとも!!



 流れてきたのはゆったりとした落ち着いた音楽。

 この曲はセイレで最も人気のある曲で、よく夜会でも使われるらしい。

 だがしかし、落ち着いた曲だと侮るなかれ。

 終盤に向かうにつれて段々とテンポが上がり、難易度はとても高いものとなるのだ。

 最終試験にこれを持ってくるとは……ジオルド君、本気だ……!!


 私は一度深く息を吐いて吸うと、先生の肩と手に自分の手を添え、音楽に合わせてステップを踏み始めた。


 この瞬間から、もう先生のアイスブルーしか私の目には映っていない。

 ただ2人の世界で戯れるように、幸せを胸に刻みながら踊る。

 やっぱり先生と踊るのは──楽しい。

 ふわふわとして、世界には先生しかいないこの状態が、とてつもない贅沢に思えてくる。

 私はテストだということも忘れて、ただただその夢のような時間を堪能するのだった。



 ──パチパチパチパチ……。

 音が止み、静まり返ったホールに拍手が響いたことによって、私はダンスが終わったことを知った。

 そしてジオルド君は私にこう告げる。


「──合格。見事なダンスだった」

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