あなたの幸せのために、私は生きる


 しとしとしと……。


 冷たい糸雨しうが蜂蜜色の芝生に降り注ぎ、大地に還っていく。

 葬儀が終わって誰もいなくなった石碑の前で、私は1人傘も差さずに佇んでいた。


 ただ呆然と。

 シルヴァ様のマント留めが埋め込まれた石碑を見つめる。

 マント留めを受け継ぐことを、先生もジオルド君もしなかった。

 ここで、共に眠らせてやってくれ。

 それが先生の出した答えだった。


姫君プリンシア

「ジゼル先生……」


 私に声をかけたのは、騎士科のジゼル先生──。

 だけどいつも背筋を伸ばして毅然とした彼女はそこにはいない。

 どこか小さく見える彼女は、とても憔悴した表情でシルヴァ様の石碑を見た。


「あなたも、彼に会いに?」

「はい。ジゼル先生も?」

「……えぇ」

 短く返したジゼル先生は、もう一歩前に進み出て、そっと石碑を優しく撫でた。


「人とエルフの寿命は全く違います。長く生きれば、それだけ人の死に数多く触れることになる。ですが──」

 

 崩れ落ちるように座り込んで石碑にピッタリと額をくっつけると、ジゼル先生は大粒の涙を流した。


「まだ若く、未来ある教え子達が逝くことほど、辛いことはありません……っ!!ロイドも!! リーシャも!! シルヴァまでも……!!」


 いつも厳しい表情を崩すことのないジゼル先生がこんなにも声をあげて泣くのを、私は初めて見た。

 情に熱い彼女は、きっとこれまでも1人で泣いてきたのだろう。

 私たちに見せなかっただけで。


「ジゼル先生……」

 私はジゼル先生の肩に手を置き、彼女に声をかける。

 私の声に反応して、ジゼル先生はよろよろと立ち上がると、悲痛な面持ちで私を見つめた。


「姫君。いいえ、ヒメ……!! どうか、あなたはもっとずっとたくさん、生きてください……!! 人の寿命が私よりも短いのはわかっています。ですが、どうか……!! 人としての生をめいいっぱい完うして逝ってください……!! 見た目が私を追い越すまで……!! そしてできれば……できれば、笑って、逝ってください……!!」


 目尻の皺をくしゃりと歪めて、涙をポロポロと流しながら投げられた悲痛な叫びに、私は思わず彼女を抱きしめた。


「私は、そう簡単には死にませんよ」

「……ッ!!」

「私は、生きて、生きて、先生がおじいちゃんになって笑って死ぬのを見届けてから死ぬって決めてるんです。だから……大丈夫。しぶとく生きてやります」


 そう言って彼女の顔を覗き込んでニヤリと笑ってみれば、ジゼル先生は一瞬だけ口をキュッと引き結び、そして泣きながらふわりと笑った。


「そう、そうですね……。あなたなら、そうしてくれると、信じています。……では、私は戻りましょう。あなたも、あまり長居をしないように」

 そう言って身体を起こしたジゼル先生は、もういつもの背筋をしゃんと伸ばした強き女の顔をしていた。

「はい。もう少しシルヴァ様とお話をしてから、戻ります」

 私の返事に頷くと、ジゼル先生は優雅なスカート捌きで踵を返し、元来た道を背筋を伸ばして帰っていった。



「……聞いていましたか? シルヴァ様。そういうことなんで、私、生きます。先生がいるこの世界で。先生の幸せを見届けるまで。何があっても、私が先生を守る……!!」


 あの日、あの場所で目覚めてから少しも変わらない私の目的を、シルヴァ様の前で言葉にする。

 だからどうか、見守っていて、と。


 頭に、肩に、ポツポツと落ちては染み込む雨。

 その刺激が止まったことに気付いて振り返れば、私の頭上に傘を広げる先生がそこに立っていた。


「先生……」

「風邪をひく」

 そう言って私の隣まで来て、一つの傘に一緒に入り肩を並べる。


「……ずっと、ここにいたのか?」

 びしょびしょに濡れた私の黒いドレスに視線を移して、先生が尋ねる。

「はい」

「……そうか」


 短い言葉の往復。


「話を、していました」

「話?」

「はい。私が一方的にですが……、聞いてもらっていたんです」


 そう言って先生を見上げれば、先生は無言で首を傾げた。


「私が、あなたの愛する息子さんを必ず守り抜きます、って」

 私がふにゃりと笑えば、先生は一瞬だけその切れ長の瞳をまん丸くしてから、呆れたように「それは男のセリフではないのか」と返した。

 今の顔リプレイ求む。


「先生、私は、騎士です」

「騎士?」

「はい。先生を守る、騎士です」

「逆だろう」


 私が姫君で、騎士が先生?

 いや違う。

 少なくとも私の中で、私はお姫様なんかじゃない。


「先生がいるから、私は強くなったんです。先生がいるから、私はこの国を守ろうと思うんです。私の原動力は全部、先生なんですよ。だからシルヴァ様に、これからも先生を愛で、先生を守り、先生を幸せにしてみせると誓ってたんです」

 胸を張ってそう暴露すれば、先生は今度はぽかんとした顔で固まった後、小さく笑った。


「本当に、君はいつも、おかしなことばかり…….。そんな君だから、私はどんな時も、ちゃんと立っていられるんだろうな」

 少しだけ幼く見えるその笑顔に、今度は私が動きを止める。

 何、この魅了の笑顔……!!

 シリル君を彷彿とさせるほんの少しの少年感……!!

 推せる……!!

 シルヴァ様、どうですか今の先生……!! 推せますよね……!!


「君が私のそばにいてくれてよかった。これからもずっと、そのままの、少し頭のおかしい君でいてくれ」


 なんだろう。

 褒められている気がしないのは気のせいだろうか。


 複雑な顔で先生を見上げると、先生はくすりと笑って私の手を取った。


「父上に言われるまでもない。決して離さない。だから、君も、決して手放すな」

「〜〜っ!! は、はい……」


 傘に落ちて聞こえていたうるさいくらいの雨音はいつの間にか止み、雨雲の隙間から光が差し込む。


 光が照らし出したシルヴァ様の宝玉が、キラリと光って、笑ったように見えた。



─あとがき─

コロナでぽっくり中の景華ぞ:( ;´꒳`;):

景華的にすごく気に入っているお話なので、しんとい中でも早く公開したかったのです(;//́Д/̀/)'`ァ'`ァ

カロナールで熱と痛みを抑えている間に笑


皆様、楽しんでいただけてると嬉しいです(;//́Д/̀/)'`ァ'`ァ

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