隠蔽されたもの


「ここが、セイレ城のエントランスだよ」


 国葬の翌日。

 大人バージョンのフォース学園長と先生に連れられて、私は初めて実家とも言えるセイレ城に足を踏み入れた。


「表側の城部分は、主に国の役人たちが働く部屋があったり、舞踏会や行事ごとが開かれる、いわば外交と社交の場にもなる。舞踏会や行事は王族不在でできていないけれど、今もたくさんの文官たちが城で働いているよ。中庭を挟んで奥が王族の居住区である宮殿と呼ばれる場所だ」


 歩きながらフォース学園長が部屋の説明をしていく。

 時々すれ違う文官たちが私たちを見て頭を下げていって、なんだか落ち着かない。


「宮殿の方には限られた人間しか入られないようになってる」

 冬に咲く花々が美しく手入れされた中庭を抜けると、セイレ王国のモチーフであるセイレーンが描かれた豪華で重厚な扉が待ち受けていた。


「紋章に手で触れてごらん。王家が認めた者なら魔力に反応して開くから」

 言われるままに私がその冷たく分厚い扉にそっと触れると、カチャリと鈍く重い音がして、自動的に扉は開かれた。


 扉の先に足を踏み入れ、私はキュッと隣の先生のマントを握りしめた。

「? どうした?」

「先生……床が……床が豪華すぎて踏めません!!」


 大理石だ……。

 本物の。

 無理。

 これ、踏んだらバチが当たる。


 白い大理石とワインレッドのカーペットで作られた床は、どこからどう見てもTheお城……!!


「わ、私、純日本人として育ったんで、こんなお城な床踏んだらバチが当たります……!!」

「……安心しろ。うちで踏んでるからもう慣れているはずだ」


 はっ……そういえば。

 クロスフォード家も薄水色のカーペットと白の高級そうな石のコラボレーションが至る所に散りばめられている。


「それに、これからはここが君の家になる。踏むたびいちいちバチが当たっていては、命がいくつあっても足りないだろう」

「た、確かに……」


 ここが、私の家。

 即位すればここに住むことになるんだもんね。


「あ、そう言えば、城で働く人はいなかったんですか? 国王と王妃がいないこと、すぐにわかりますよね?」


 こんなに広い宮殿だ。

 たくさんの人が働いていないと手入れもできないだろう。

 私はすぐそばにある壺が乗った大理石のコンソールを指でなぞるも、埃の一つもつくことなく、綺麗な状態が保たれている。

 ということは、どこかで何人もの人が働いているということ。


 17年も姿を現さない王と王妃。

 城の者が気づかないわけがない。

 ずっと疑問だったのだ。

 なぜ長い間、三大公爵家や大司教、それにフォース学園長やジゼル先生たちしか事情を知らなかったのか。

 欺き続けることができたのか。


 王と王妃が姿を現さないことについて声が上がり始めたのはここ数年のようだし、もっと早くにそんなふうになってもおかしくなかったのではないかと思うのだ。


「あぁそれは……僕が記憶を改ざんしたからね」

「!! 記憶を……改ざん……!?」


 いや、過去の記憶を消したフォース学園長だ。

 可能性がないわけではない。


「もともと清掃は【学園の意思】が行なっていたし、鬼神様の末裔でもある王家の特殊な事情から、使用人は限られていたから、侍女、侍従、コック合わせてざっと30人。30人の記憶を改ざんした後、クリンテッド公爵家とシード公爵家で引き取ってもらったんだ。もともと両公爵家で働いていたと記憶をいじってね。僕のこの記憶に干渉する魔法が効かないのは、王家ぐらいな者だから、30人の記憶ぐらいわけなかったよ」


 なんてことないように言い放ったフォース学園長に、少しばかりの嫌悪感が胸に浮かんでくる。

「王家の秘密のために、30人もの人の人生を歪めたんですか?」

 思わず口をついて出てきたトゲを持った言葉に、フォース学園長は面白そうに笑った。

「そこは君たち人との価値観の違いさ。僕らエルフは母なる大地であるこのセイレを守るためなら、なんだってする。王家不在を隠し通し、人々を欺くことで他国からこの国を守れるならば、30人やそこらの人生なんて僕にはどうでもいいことなんだよ」

「フォース!!」

「これが──王というものだ」


 先生が声をあげるのも構わず放たれた言葉は、きっと私への注意喚起。

 一つの国のトップになるなら、限られた人間と大勢の人間が暮らす国、そのどちらを優先させねばならないかを言っているのだ、彼は。


「……わかってます。そんなこと」

 不貞腐れたように呟くと、フォース学園長は私の頭にポンと大きな手のひらを乗せた。

「ん。いい子だ。ならこっち。部屋に案内しよう」」

 そう言って中央の階段を登り始めたフォース学園長に、私は顔を顰めたままついていった。

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