あなたへ捧ぐ鎮魂歌


 シルヴァ・クロスフォードの遺骨が発見されたという発表は、その日のうちにセイレ王家の名の下にセイレ王国全土へと一斉になされた。


 見つかったご遺骨は、シルヴァ様が寄りかかっていた【シリルの木】の前へと埋葬されることになった。

 あそこが、彼に取っては1番良いような気がしたからだ。

 それには先生も「その方がいいだろう」と同意をしてくれた。


 葬儀を秘密裏に身内のみで簡単に済ませることも少なくなかった暗黒の時代。

 シルヴァ様も例に漏れず、遺骨もなかったことで大々的な葬儀をしてはいないと聞き、この発表とともに翌日、国葬されると言うことも併せて通達された。



 その日。

 冬の朝の空は冷たく、一点の淀みなく澄み渡っていた。


 正装に身を包んだ騎士たちが、大木の前に設置された石碑の前で隊列を組む。

 最前列には他の三大公爵家の2家であるクリンテッド公爵とシード公爵が参列している。


 普段立ち入ることのできない城の裏手。

 城があり、中庭を通った先が王族の住居である宮殿となっているセイレ城。

 この城の裏は、言わば王族のプライベートスペースのようなもので、限られた人間しか見回りにくることもない。

 そんな場所での葬儀は、魔法で各地へと映像を飛ばし、各地の人々がともに祈ることのできるようにしている。


 やがて弔いの鐘の音が響き渡り、私はフォース学園長と大司教様に挟まれた状態で、シルヴァ様が眠る棺を担ぐ騎士団の隊長達を引き連れ、整列する騎士たちの真ん中を通って石碑へとゆっくりと歩みを進める。

 棺の後ろからは先生、ジオルド君、ロビーさん、ベルさんが続く。


 まだお披露目も戴冠式もしていない私は、喪服ということで頭から黒の長いベールを被り、同じく漆黒のシンプルなドレスを身に纏っていて、口元しか見えないようになっている。


 石碑の前へと棺が下され、隊長達が列に戻っていくと同時に、再び弔いの鐘が大きく響き渡った。


 棺の蓋が開かれ、故人へ家族からの最後の別れがなされる。


 ロビーさん、ベルさんが美しい花束をシルヴァ様の棺に納める。

 きっと2人とも昨日ジオルド君から知らせを聞いて、ずっと泣いていたのだろう。

 2人とも目が真っ赤になって腫れている。

 それはジオルド君も同じで、目元を赤くした彼は手紙を一枚、シルヴァ様の胸元へと置いた。


 そして最後、先生は胸元から一枚の写真を取り出し、ジオルド君の手紙と重ねるようにしてシルヴァ様の胸元へと供えると、父親の細く白くなってしまった指をそっと撫でた。


 供えられた写真は、シルヴァ様と5歳くらいの男の子、2人が写ったもの。

 この子はおそらく先生だろう。

 幸せそうな顔をしたシルヴァ様が嫌がる男の子を抱っこしている。


 これでお別れだ。

 私がぎゅっと拳を握ったその時、先生が私の耳元で囁いた。

「君も、父上に別れをしてくれるか」

 その言葉に先生を見上げると、先生は少しばかり潤んだ瞳で私を見つめ、ゆっくりと頷いた。


 開かれた棺を覗き込めば、見る影もないシルヴァ様が横たわっているという現実に、胸が締め付けられる。

 これが、シルヴァ様に触れられる最後の機会。

 私はシルヴァ様の頭部にそっと触れ、身を乗り出して彼の額に一つ、キスを落とした。


「おやすみなさい。……シルヴァ様」


 そして棺は、硬く閉じられた──。


「セイレの母なる大地よ。尊き御霊をお還しします」

 大司教が言葉を述べると、大地が割れ、そこから光の触手のようなものが次々と現れ棺に巻きつくと、そのまま地中深くへとシルヴァ様を連れていった。


 高位の聖職者のみに使える弔いの魔法。

 地面が揺れ、再び元の大地へと再生していくのを、騎士達は抜き身の剣を地に突き刺し、弔いの姿勢で見守る。


 まだだ。

 まだ、泣いちゃダメだ。

 私にはまだ、やることがある。


 棺が完全に見えなくなるのを見届けて、私は大きく息を吸った。


「光の糸で紡がれたゆりかごで

 あなたは旅に出るのですね

 だから私は贈りましょう

 愛したもの達の声を


 眼裏に残る笑顔

 そのぬくもりを 胸に抱きながら 

 私は明日を生きます


 また会える日を信じています

 いつかの未来まで

 あなたが願った幸せを

 あなたが託した幸せを 胸に生きる──」


 震えそうになる声を、必死に腹に力を入れながら保つ。

 どうか届いて。

 安らぎの中で眠る大切なあなたに。


 黒いベールの下のくしゃりと歪んだ泣き顔を、シルヴァ様はどこかで見ていたのかもしれない。

 ぽつり、ぽつり。

 水滴が空から流れ落ち、やがてそれは幾本もの糸雨しうとなって止めどなく降り始めた。

 それは私の、そしてここにいるすべての人たちの涙を洗い流してくれるようだ。


「キュイィィィィィン……」


 どこかで同じように涙を流しているであろう友の声が響き、私の王族としての初めての公務は終わった。

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