シルヴァ・クロスフォードの帰還


 静まり返ったその場所に、映像が消えるとともに【現在】のグリフォンが姿を現す。

 そして彼の背には、すっかり葉の落ちきった大木が堂々と存在感を示していた。

 おそらくあれが、さっきの映像でシルヴァ様が言っていた【シリルの木】。


「キュイィィン……」

 悲しげに力なく声を上げるグリフォン。

 それ同時に言葉が頭の中にダイレクトに伝わってくる。


「シルヴァ様が──ここに……いるの?」


 流れる涙を両手でぬぐいグリフォンに尋ねれば、グリフォンはのっそりと私の前から身体をずらし、【シリルの木】への道を開けた。


「先生」

 私が、未だ私を拘束し続ける背の温もりに声をかけると、無言でその拘束がゆるりと解けた。


 そして私は、一歩。

 また一歩。

 よろよろとおぼつかない足取りで、目の前の大木へと足をすすめる。


 そして──。

「キュイィィィィィィ──!!」

 グリフォンが今度は大きな声で声を響かせると、途端に先ほどの映像でシルヴァ様を包んだ薄灰色の光が大木から溢れ────【彼】は帰ってきた──。



「……!! ………………おかえり、なさい……シルヴァ様……っ……!!」



 【シリルの木】へと身体を預け

 ぼろぼろの白いマントを肩にかけた

 白い──……


「……っ」

 面影など何一つない。

 それでも微かに残った魔力と細く白いものに引っかかった衣類で、【それ】が彼なのだとわかる。


 帰って来た。

 私たちの……、先生の前に、シルヴァ様が帰ってきた。

 どんな形であっても、帰ってきたのだ。


「……父上、よくぞ、戻られました」

 いつの間にか私の隣に足をすすめていた先生はシルヴァ様の前にしゃがみ込むと、温度のない白く固くなった、シルヴァ様の頬肉があった場所に手を伸ばす。


「……グリフォン。父上の苦痛を和らげてくれたこと、隠匿魔法をかけてくれたこと、感謝する」

「キュイィィ」


 この子が苦痛を和らげてくれなければ、傷の痛みで最後に言葉を残すこともできなかったし、隠匿魔法をかけてくれていなければ、味方の応援が来る前に再び現れた魔物に跡形もなく食い尽くされていただろう。

 グリフォンには、感謝してもしきれない。


「レオンティウス」

 先生はシルヴァ様から視線を外すことなく、背後のレオンティウス様に声をかける。

「本部に下がらせた1番隊の騎士たちに、事は片付いたと知らせを。レイヴンはフォース、そしてシード公爵、クリンテッド公爵に連絡を。グレイル隊長は、ジャン・トルソとセスター・アラストロを連れて、5番隊と4番隊に知らせを。私は……私たちはもうしばらく、ここにいる」


 最初に来ていた1番隊の騎士たちはいつの間にかレオンティウス様が下がらせていたようで、先生の指示を聞くと無言のまま、先生に、いや、その先のシルヴァ様に一礼をして、その場から立ち去った。


 残されたのは私と先生、それにジオルド君だけだ。


「……ジオルド」

「はい」

「……クロスフォードの屋敷に。ロビーとベルに、伝えてくれるか。前当主が、帰還したと……」

「……はい……っ……」


 シュンッ──と風を切る音がして、ジオルド君の気配が消えた。

 おそらくこの場から屋敷へと転移したのだろう。


「……カンザキ」

「……はい」

「もう少しだけ、私とここにいてくれるか」

 そう言って立ち上がり私を見つめた先生は、いつもと変わらない無表情のはずなのに、どこか泣きそうな顔をしていた。


「っ……もちろんです。ずっと、そばにいます」

 私がそう答えると、先生は泣きそうな顔のまま、穏やかに微笑んだ。


 季節柄冷たくなった風がヒュルリと吹き荒れ、シルヴァ様の服が風に揺れた瞬間、私の身体が再び温もりに包まれた。


「カンザキ」

「はい」

「過去での父上は、笑っていたか?」

「っ……はいっ……」

「幸せそうに、していたか?」

「……っはいっっ……!!」


「……そうか……。よかった」


 グリフォンが見守る中、私は先生の腕の中で、身体中の水分がなくなるんじゃないかというくらいまで涙を流した。

 時折頭上で聞こえる先生の震えた吐息が先生の心を現していて、私たちはただただ、その場で言葉を発することなく、互いの温もりで互いを温めていた。

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