シルヴァ・クロスフォードの願い


『さて、最後になったけど……あなたも一緒に聞いていてくれることを願って。私の大切な友人の娘、ヒメ嬢へ──』


「────え……?」


 私?


 私を……覚えている?

 いや、でも、だって……私の記憶は、フォース学園長に消されてる、はずじゃ……。

 そういえばジオルド君の時も『“彼女”にお前とシリルはお互いを大切に思っているということを聞けて』って……。

 いったいどうして……?


『ヒメ嬢、あなたはきっと、記憶はフォースが消したはずなのになぜ、と思っているだろう。甘かったな。私はそうやすやすと記憶を渡しはしないさ』


 ボロボロな状態でも、してやったりと薄く笑えば、かつて穏やかな時間を過ごした時の少しお茶目なシルヴァ様がよみがえる。


『ヒメ嬢、あの時、あなたが過去に来て、たくさんのことを教えてくれたおかげで、私はこれまで悔いの残らぬよう生きることができた。ありがとう。本当はあなたにこんな姿を見られたくはなかったんだが、仕方がない。後悔するよりはマシだ。……あなたは、私の運命を変えなかったことを後悔しているだろう? 前にも言ったが、あなたが気に病むことはない。私は本当に、幸せだったのだから──。……ヒメ嬢、あなたが生まれた時、ロイドも、リーシャ王妃も、クリンテッド公爵もレオンも、私も、とても喜んだんだ。レオンなんて泣いていたしね』


「っ……何で覚えてんのよ……」

 涙を浮かべてくしゃりと顔を歪ませるレオンティウス様。


『どうか覚えていて。あなたは、皆に愛されて生まれてきたということ。これからも皆に愛されて生きるのだということ』

「愛されて……生きる……?」


 友人たちを騙し続けてるのに?

 立場が変わってしまうのに?


 私が王になっても、変わらずに私のそばにいてくれるだろうか?

 ……私は怖い。

 皆が離れていくのが。

 皆が私に幻滅するのが。


『これからたくさんの試練があるかもしれない。だけどきっと大丈夫だ。あなたのそばにいる男は、そう簡単に、あなたを離しはしないから』


 言われて私は、ふと私を後ろから抱きしめ続ける先生を見上げた。

 眉間に皺を寄せながらも穏やかに私を見下ろすアイスブルーと視線が溶け合って、先生はわずかに口元を緩ませた。


『ぐっ……。あぁ、少し、苦しくなってきた、な。そろそろ限界か……。……2人に、私から二つのプレゼントがある』

 苦悶の表情を浮かべながらもわずかな笑みだけは崩さぬよう、シルヴァ様が言った。


「プレゼント?」


『一つ。この映像を見終わったその時、シリル、お前はお前を取り戻すことができるだろう。それはきっと、お前と、そしてヒメ嬢のためになる』


 先生が、先生を?

 まるで謎かけのような言葉に私は首を傾げる。


『もう、一つは……。これは、まだ時ではない、な。……そうだな……私が思っている未来になったならば……、きっとあなたたちの元に届くだろう……。最高に、幸せな、瞬間に……』


 シルヴァ様が思っている未来になったならば?

 彼はどんな未来を思ったの?

 聞きたいのに私の言葉は今の彼には届かないのがもどかしい。


『しり、る……。大切な、人を、離すな。絶対に。……幸せのその先で──また、会おう』


 何かを思い浮かべているのか、シルヴァ様は目を細めて微笑みながら綺麗な涙を流した。



『ありが、とう……。グリフォン。もう、いきなさい』

『キュイィィィン』

咄嗟とっさ、すぎて、騎士たちをずいぶん、遠くに転移させたからな……まだ、時間がかかるだろう。それに、私は……この場所で逝けるなら……本望だ……』


 そう言って背にもたれた大木を見上げるシルヴァ様。


『シリルが生まれた日、ロイドが城の裏庭に植えてくれた、シリルの木……。せっかちなあいつが、早く大きくなれ、と……魔法で成長させてしまった、から、本来の大きさより、ずっと……大きいけれど。──あぁ、でも……私が見られない、あの子の……これからを見ているようだ……』


 私の父ロイド国王が、先生のために植えた木……。

 映像の中のそれは植えられて16年にしては育ちすぎて、大きく堂々と、もう何十年もそこにあるかのようにシルヴァ様を見下ろしている。


『ほら。あまり、長くここにいると、巣の家族が、闇に侵されてしまう。お行き』

『キュイィィィィィ!!』

 シルヴァ様が優しく諭すと、グリフォンは身体を起こし大きく咆哮した。

 刹那、シルヴァ様の身体が薄灰色の光に包まれ──。


『これ、は……隠匿、魔法……? あぁ……そう、か。私が、魔物に食い荒らされぬよう、隠して、くれた、のか……。はは。これ、じゃ、あいつらは私を見つけられない、な。……でも、ありがとう……。私は、ここで……城を……守る、よ……。……グリフォン、どうか、未来、で、過去からあの子が帰って、きたら……、これを、渡して』


『キュイィン……』

 小さく鳴いてグリフォンがマント留めを口に咥えたことによって、視界がゆらゆらと揺れる。そして揺られながらもゆっくりと浮上していった。


『ありが、とう……。……どうか……幸せに……私の、愛し子たち、よ──……』


「シルヴァ様ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 どんどんシルヴァ様が小さくなって、映像は闇に消えた。


 最後に見たシルヴァ様の表情は、ただ、ただ、満足げに微笑んでいた──。

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