私は私らしい王になる


 しん……と静まり返る訓練場。


「あー、さすが先生。見事です!! 素敵です!! かっこいいです!! 美しいです!! 好きです!!」


 久しぶりの先生の鮮やかな戦い方に全ヒメが泣いた──!!


 刀を鞘におさめ先生に抱きつけば、「暑苦しい!!」と声をあげ眉間に皺を寄せながらも抱きつく私をそのままに、自身の剣を剣帯へと収める先生。

 なんだかんだ優しいとこ、好き……!!


「これでわかっただろう。この小娘──姫君プリンシアは、私と同等か、それ以上に強い。力は申し分ないし、王位を継承すればさらに強くなるだろう」

 先生の言葉に「ぐっ……」と言葉を詰まらせるマーサ隊長。


「しかと確認いたしました。御無礼、お許しください。ガレル・ボーロ、姫君に恥じぬよう、力を尽くしていく所存です」

 感動した……!!

 そう言うかのように目を輝かせ、その巨体を跪かせたガレル隊長の元にゆっくりと無言で歩いていく。


「……ガレル隊長。これからあなた方が強くなることを期待します。どうか、与えられた今を当たり前にしてしまわないように。じゃないと当たり前がいつか壊れた時、あなたのことも、そして周りの皆のことも、危険に晒すことになるんですから」

「っ……はい……!!」


「マーサ隊長も」

 私は未だ俯き拳を握るマーサ隊長に近づくと、彼女にだけ聞こえるように彼女の耳元で小さくささやいた。


「先生のことが好きならば、彼を危険に晒さぬだけの力と心を身につけてください。でも、中途半端で先生を危険に晒すようならば──私はあなたを認めることはできません」


 意地が悪いかもしれない。

 厳しいことを言っている自覚はある。


 だけど現状、最も応援要請が多いのはガレル隊長の5番隊であり、怪我人が多いのはマーサ隊長の4番隊だ。

 隠密は隠れて情報を収取するだけ、と言うわけではない。

 陰ながら護衛をすることだってあるし、任務中に敵と対峙することだってあると聞いている。

 そんな時、彼らが弱いのは非常に困るのだ。


 もしも戦いの際、人質に取られてしまったら……。

 騎士団長である先生も、もちろん私も、選択を迫られることになる。

 先生は誰かを生かすことに全力を注ぐ人だから、きっと無事に取り返そうとするだろう。

 仲間を守るために尽力し、自分を犠牲にしてでも立ち向かうのは目に見えている。

 その結果もし人質がやられてしまえば、また先生の心に傷を負わせてしまうであろうことも。


 自分の身は自分で守る。

 それができるだけの力を持ってほしい。

 先生を危険に晒すだけの隊長は──いらない。


「さぁて。力に対する文句も無くなったことですし、皆さん、戴冠式ではどうぞよろしくお願いしますね」

 私が傍観していた男たちににっこりと微笑むと、彼らは緊張がぷつりと切れたように一斉に肩を下ろした。


「ヒメ、リボン、解けてる」

 先ほどの先生との手合わせで解けてしまったんだろう。

 私に歩み寄り制服のリボンを結び直してくれたジオルド君に「ありがとうございます、ママン」と言えばベシンと頭を叩かれた。


「誰がママンだ」

「あうっ。叩き方が先生よりもソフト……!!」


 先生は何事も大人気ないから、教科書ハリセンも力加減に容赦がない。

 そんな先生も好きだけど……!!


 そんなやりとりを見ていたジャンとセスター、それにフロルさんとグレイル隊長が私たちのところへと駆け寄ってくる。

姫君プリンシアって言われたけど、やっぱヒメはヒメだな」

「なんか安心したよ」

「天使殿は、天使姫だったのですね……!!」

 なんかグレードアップした!?


 ジャンとセスター、フロルさんが安心したように私に声をかけ、私は彼らに言わなければならないことがあったことを思い出し、彼らの方へ向き直った。


「ジャン、セスター、グレイル隊長、フロルさん。これまで隠してきてごめんなさい」

 そう言って深く頭を下げる。


 自分がそう姫君だと知ってから、ずっと心の中に騙しているという罪悪感はあった。

 それはクラスメイトたちにも同じだ。

 彼らにも、全てが明かされたときには頭を下げると決めている。


「お、おいおい!! 王族が俺らみたいなんに頭下げるなって!!」

 私が頭を下げた途端に慌て出すグレイル隊長。

 私だってこれが普通ではありえないことはわかっている。

 ジゼル先生からの王族教育の中で、王は簡単に臣下に頭を下げることはしないと習った。

 グレイル隊長は特に、平民から実力で隊長にまで上がった人物だ。

 王族が平民に頭を下げるなんてあり得ないという常識が彼の中にもあるのだろう。

 だけど……。


「もちろん、様々なことにおいて感情のみで行動をしてはいけない立場になったのはわかっています。だけど……。だけど、これが、この国の姫君プリンシアなんです。私は、私らしい王になるって、決めてますから」


 感情に踊らされた判断をしてはいけない。

 王は、常に王として堂々たる態度が求められる。

 でも、ありがとうやごめんなさいを忘れた王に、私はなりたくはない。


「……はは……なんていうか、うん、お前が姫君プリンシアでよかったよ」

 そう口を開いたのはグレイル隊長。

「これからもよろしくな」

 吹っ切れたように、これまでと変わらない力加減でガシガシと乱雑に頭を撫でるグレイル隊長に、私はふにゃりと笑って応えた。


 張り詰めていた訓練場の空気が穏やかなものに変わったその時──。


「レオンティウス副騎士団長!! レオンティウス副騎士団長はどこにいらっしゃいますか!!」

 訓練場の空気をぶち破って木霊する切羽詰まった男の叫び声。


「!! うちの隊のやつね。レイヴン、魔法を解いて」

「わかった!!」

 レイヴンが瞬時に訓練場を取り囲んでいた隠匿魔法を解くと、出入り口付近で1人の騎士が私たちの姿を認めた。


「レオンティウス副騎士団長!! それにクロスフォード騎士団長たちも……!!」


 隠匿魔法で見えずに誰もいなかったはずの訓練場に揃った豪華メンバーを見て、騎士は後ずさりした。

 突然現れた上に各隊長だけでなく騎士団長まで揃っているのだから、無理もない。


「どうしたの? 何かあった?」

 レオンティウス様が声をかけると、緊張と焦りを混ぜ合わせたような声で、騎士はレオンティウス様へと口を開いた。


「王城警備中に城の裏でグリフォンに遭遇しました──!!」


「!!」

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