一生のお願い


 圧倒的な力の差。


 小娘と侮っていた相手の力に、私が魔法を説いても動くことができず呆然と立ち尽くす2人の隊長。

 そしてそれを見守っていたグレイル隊長たちすらも、言葉を発することができず、ただただ立ち尽くしている。


「お二人とも、先生を慕うのならば肩を並べられるほど強くあって欲しいものです。私は5年。そうあるために毎日厳しい修行を続けました。朝も、昼も、夜も。先生と共に在るために。先生とともに生きるために──。守るべきものがあるなら強くあらねばなりません。あなたたちは、国民を守る要なのですから。もちろん、要請があれば私も手伝いにはいきますが、その力を享受している状態を当たり前と思うなよ、です」


 たった5年と思うだろうが、その間の修行の厳しさはとんでもないもので、よくやり切ったと褒めてもらいたいくらいだ。

 だってあの人、本気で殺りにかかってくるんだから。

 だけど先生がそこまで厳しくするのは、簡単には戦いで死なせないための優しさだ。

 なら、私はそれに応えるしかないじゃないか。


 先生が生きる未来を切り開くため。

 先生と肩を並べて戦えるようになるため。

 先生と、ただ生きたいから──。


 守りたいもののために剣を取った。

 守りたいもののために王位を選んだ。


 同じだけの覚悟を持てとは言わない。

 だけど、先生に頼りきりで盲信して、勝手に失望する2人に腹が立ったのだ。


「愛されてるわねぇ、シリル」

「自分のためにこれだけ努力して力をつける女とか……どうよ、シリル」


「……うるさい」


 レオンティウス様とレイヴンがニマニマと先生を横目で見て、先生は鬱陶しそうに顔を背けると、一言でそれらを一蹴した。

 ツンデレ最高か。


「そうだ!! 私、シリルとあんたの試合も見てみたいと思ってたんだけど、やってみない?」

「おいレオンティウス!!」


 先生と私の──試合?


 ぞくり。


 心の底から何かが震えた。


 やりたい……。

 夜の修行はまだ続けているものの、一対一の戦いというものではなく、先生の技を盗んでみると言うものだ。

 久しぶりに手合わせして欲しい。


「先生、私……やりたいです!!」

 目をキラキラと輝かせて先生を見上げれば、先生は「うっ……」とひくりと頰をひきつらせて後ずさった。


「先生……一生のお願い!!」


「っ……君の一生のお願いはいくつあるんだ!? 大体この間も人のベッドで寝かせろと、一生のお願いだと夜中に忍び込んできたばかりだろう!!」


「一日1日を一生だと思いながら大切に生きてるんです」


「屁理屈だろう!!」


 学園旅行から帰ってきてすぐ、乙女ゲーム【マメプリ】の真実やら王位継承の進みやらで頭がいっぱいになって眠れなかった私は、一度だけ先生の部屋を夜中に訪れた。


 先生もちょうど眠るところだったようで、私が先生のベッドで寝たいというと表情を固まらせたのは記憶に新しい。

 結局押し問答の末、私が先生のベッドを使い先生がソファで眠ると言うことになってしまったのだが──。

 先生の匂いに包まれてぐっすり眠ることができた私に対して、先生は翌日珍しく目の下にクマを作っていた。


「ナニソレ詳しく」

「ちょっとシリル。私のうさぎちゃんに不埒なことしてないでしょうね!?」

 興味津々で食いついたレイヴンとレオンティウス様に、先生が面倒くさそうにため息をついた。


「するわけないだろう。私はソファで寝た。それに不埒なことをしに来たのはそこの変態娘だ」

「そうなんですよ、残念……って誰が変態娘ですかっ──ぁ……」


 繰り広げられる私たちの言い合いを呆然と見つめる視線に気づいた私は、ゆっくりとそちらに顔を向けた。


 あの氷の騎士団長シリル・クロスフォードと楽しく(?)言い合う女生徒の図に、言葉が出ない様子の隊長たち。

 もはや騎士たちの間では慣れたものだけれど、マーサ隊長やガレル隊長はおそらく初めてだろう。口をぽかんと開けたままになっている。


「ゴホンッ。とにかく、今は君と戦うというのは──」

「先生と戦うところを見たら、皆さん文句のつけようがないでしょう?」

 あくまで認めさせるため。

 力を示すため。

 そう言ってしまえば、先生も返す言葉がないだろう。


 まぁ、大部分は私が先生と一対一の戦いを久しぶりにしたかっただけなのだけれども。


「……はぁ……わかった。なら──全力で行かせてもらう」

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