学園旅行〜花畑で迫る推しとかもう無理〜


「……それは、アレンへのものか?」

 マッチョ像たちが入った袋とは別にもう一つお土産袋を抱えた私を横目で見ながら先生が発した言葉に、私は肩を揺らす。お会計に行くときにさっととったつもりだったんだけど、先生にはお見通しか。

 魔除け、滋養強壮、心の安定の効果がある【メロの茶葉】。

 これがどこまで効果を発揮するかはわからないけれど、今は小さなものでも頼らなければと思って買ったものたち。


「はい。ほら、アレン、さち薄そうですし、今病弱気味ですし、それによって気持ちが安定しないと思うんです。少しでも楽になればいいなと思って」

 嘘ではない。

 断じて。

 そして果たして魔王に【魔除け】が通用するのかは謎だ。

「……そうか」

 本当に納得したのかどうかはわからないけれど、先生はそこから何も聞いてはこなかった。


「えっと、次はどうしましょう?」

 中央広場に聳え立つ時計塔を見上げると、昼には少し時間があるようだ。


「……少し、行きたい場所があるんだが……良いか?」

「行きたい場所?」

「あぁ」

 先生が自分から行きたい場所を言ってくれるなんて、珍しい。

 どこだろう?

「是非行きましょう!!」

 私は少し背伸びをするように、先生の腕に自分の手を添えると、先生を見上げてふにゃりと笑った。




 ──広場からもう少し坂の上へと登っていき、細い路地裏を通りズイズイと進んでいくと、通りを抜けたあたりで一気に道が開け、そこには一面真っ白なセレニアの花が咲き誇っていた。


「わぁ──!! すごい……!! セレニアのお花畑──!!」


 聖域の一部に咲くセレニアの比じゃない。

 広い草原全面に白いセレニアが敷き詰められるように咲いているのだ。

 お花の絨毯って、まさにこのことね……!!


「気にいったか?」

「はい!! とても!! ──でも先生、なんでここのことを? はっ!! まさかラティスさんと──!!」

「来てない!!」


 被せるように先生が声をあげ、私は少しだけ安堵の息をつく。

 よかった。

 すでにラティスさんと来た、とか言われたら、ショック死するところだったわ。


「パルテ先生が……」

「パルテ先生?」

「あぁ。ここは普段人が入らないから、と教えてくださった。その……大切な人がいれば、一緒に行ってみると良い、と」


 そうか。

 パルテ先生はここで昔働いてたのよね。

 そりゃ詳しいわ。

 ……って──!!


「せ、先生!! そんな場所に私を連れてきちゃって良いんですか!? エリーゼじゃなくて!?」

 大切な人でしょ!?

 ……あれ? でも昨日の感じだと、まるで私のことが好き、みたいな……。

 ん? でも【マメプリ】の先生はエリーゼが好きで──だから私、エリーゼを……。

 あぁっだめだ!!

 頭がぐるぐるしてきたぁぁっ!!


「エリーゼ? ……そういえば私とエリーゼの仲を勘違いしていたと手帳に書いてあったが……。よもや未だに勘違いしているわけでは──あるまいな?」


 ……勘違い?

 何か勘違いしたことあったっけ?

 んー……、だめだ。

 考えて見ても思い浮かばない。


「……エリーゼと私が結婚、とかなんとか書いてあったが」

「あぁ!! そういえば!!」

 あの時はただの幼馴染で、妹弟子だから結婚する気はないって言ってたけど、それからどうなったんだろう?

 やっぱり──。



『でも、じゃない。私は……私はなんとも思っていない相手にこんなことをするほど、軽い人間じゃない』

『えっ……と……それって、どういう……』

『もう黙れ』



 あの時の近づくシリル君の顔が思い出されて、私は思わず顔を上気させた。

 あれは未遂だったけど、フォース学園長が来てなかったら、私──!!

「何を赤くなっている?」

「!!」

 目の前には訝しげに私の顔を覗き込む、あの時より一層美しく成長した彼の顔。


「な……なんでも──」

「嘘を言え。君は誤魔化すのが下手すぎる。吐け。その時何があったのか残らず吐け」

「む、無理です〜〜っ!!」

 ずいっと私に顔を近づけて来る先生に、私も後ろに反り、腰を逸らして耐える。

 あぁぁっプルプルするっ……!!

 「隠すとためにならんぞ」

 ちょ、もうっ……だめ……!!


「キャァっ!!」 ──ドスンッ!!


 私の腰は先生の美しき顔圧に耐え切ることができず、そのままセレニアの花の絨毯へと背中から倒れ込んでしまった。

「ったぁ……」


 ザッ──。


 すぐ顔の両横では、私のものではない大きな手が草花を分け入った。

 追ってきた先生の美しきご尊顔は、私を離す気はないらしい。

 私の身体を押し倒すようにして、先生は私の逃げ場を無くす。


「で──? 何が、あった?」


 無理。

 花畑で迫る推しとか、無理。

 吐くしかないやつじゃん……。

 そう悟った私は、先生にあの時のことを話す羽目になったのだった。


 もちろん、抱きしめられてキス未遂を起こしたことまで、全て──。

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