学園旅行〜ここは何?〜
「……」
「……」
諸々聞き終わった先生は──無だった。
いや、これはあれだ。
覚えていないことの申し訳なさと戦ってるって顔だ。
自分で無理やり聞き出しておいてここまでダメージを受けるとは……。
「あの、先生? とりあえず、ハグとチュー未遂は今は置いといてください」
「ハッ……!? チュッ……!? ……そう、だな。話が進まないから、一旦置いておこう。そもそもなぜ君は私とエリーゼが恋仲になると思っていた? 以前から君は、私を好きだ何だと言いながらも、必ず一線を引いているな? 君は──何を気にしている? それは君の言うゲームとやらの知識というものか?」
「!!」
乙女ゲームの話はしても、私は先生の話を一切しなかった。
エリーゼへの愛も。彼がどうなるのかも。
私は……ただ先生のため、エリーゼを蘇らせるためだけに努力を重ねたわけではない。
先生を……大好きな先生を死なせたくなかったからだ。
ただそれを本人が聞いてどう思うのか。
私は意識的にその話を避けたのだ。
「その顔は図星のようだな。君は、過去から帰ってきてゲームの話をした日、私のことを『こんなにも誰かを愛せる人がいるんだ』と言ったな? だが、そのゲームの、君と恋愛をするという攻略対象ではないとも言っていた。なら──ゲームの私は、別の人間を愛していた、ということか?」
「っ……!!」
鋭い……!!
やっぱり先生にごまかしは通用しない。
私はごくりと喉を鳴らしてから、先生をまっすぐに見やると、大きく鳴り響く鼓動をよそに静かに口を開いた。
「……はい。ゲームの先生は、亡くなったエリーゼを……愛していました」
「っ……」
おおよそ予想はできていたのか、先生は眉をぴくりと動かしただけで、ほぼ表情を変えることなく黙って私の言葉を聞き続ける。
「先生は、愛する人を自分の手で殺してしまったという十字架を背負いながら、彼女を生き返らせるためだけに生きてきました。そして、それを成し遂げる前、今現在のこの年の冬に戦争が始まり、それにより闇が膨らみ、再び魔王が復活します」
「魔王が!?」
静かに聞いていた先生が大きく声を上げた。
そりゃそうだ。
エリーゼが命をかけて封印した魔王が再び、しかも近いうちに復活するんだもの。
私は先生に頷き、言葉を続ける。
「再び魔王が復活した時、先生は──……かつてエリーゼがしたのと同じように、自分に魔王を封じ込め、ヒロインである聖女クレアが魔王を倒す隙を与え、そのまま──……」
今思い出しても胸が詰まる。
たくさん血を流して倒れ、虚な目で虚空を見つめる先生のスチル。
アイスブルーの瞳から、氷が溶けたように流れた一筋の涙。
『あぁ……エリーゼ……ようやく……』
あの最後の言葉と僅かな笑み──。
「エリーゼの名を最後まで呼んで、ようやく彼女の元に行けると僅かに微笑んで息絶えた先生を、私は何度も、何度も何度も見てきました……!! 先生を幸せにするルートを探して何度も……それでもダメで……!! あんな未来にしたくなくて……先生に、生きてエリーゼと幸せになってほしくて私──っ!!」
「落ち着け、……馬鹿娘」
硬い腕で抱きしめられ、耳元から静かに流れ込む先生の声が、私の思考を支配していく。
少しずつ、耳から波紋が広がっていくように、荒立った波がゆっくりとおさまっていく。
「ずっと……私を生かそうと、君は努力を重ねてきたのか?」
静かに問いかけられた言葉に、私は無言でうなずく。
「……そうか」
呟くと先生は、私の身体を解放し、右手の指先を攫うと、指先へとそっと口付けた。
「なっ!?!?」
「この傷は、私のため、だったのか……? すまない。……だが……まいったな……よけいに、この手が愛おしくなる」
「いっ……!?」
今何つった!?
「え、えっと、あの、先生──?」
「答え合わせだ、カンザキ」
「はい?」
答え合わせ?
先生は私の手を離すと、自身のマントを外し、セレニアの上へと広げた。
「座れ」
「いやでも」
「騎士のマントは、こう使うこともある。浄化魔法は心得ているし、遠慮しなくていい」
──『騎士のマントは、このようにも使えるのだよ。それに、浄化魔法は心得ている。遠慮なく座ってくれ』──。
重なるシルヴァ様の面影。
やっぱり二人、親子なんだなぁ。
「じゃぁ……遠慮なく」
私が遠慮がちに先生の黒いマントの端っこに腰を下ろすと、先生もすぐ隣に腰掛けた。
「さて、まず私がエリーゼと結婚するはずだった、とか、私が彼女を愛していた、とかいう妄言についてだが──」
「妄言!?」
「その事実は一切ない」
「無い!?」
え、まだ、ってこと?
いやでも、この時期でまだ好きになってないなんてありえないわよね。
だって先生、エリーゼを蘇らせようとしてるんだし。
すると先生は、私の思考を読んだかのようにじっとりと私を見てから口を開いた。
「エリーゼを蘇らせようとしているのは間違いない。だが、それは愛しているからだとか、そういうものじゃない」
「え……」
「──あのとき、他の方法を探すこともできず、私は魔王ごと彼女を殺めた。妹弟子で幼馴染の彼女を……。彼女にも、未来があったはずなのに。彼女にも、家族が──アレンがいたのに。……私はアレンから、たった一人の家族を奪ったのだ。これは、私の贖罪でもあるのだ」
苦しげに歪められるアイスブルーが揺れる。
そうだ。
アレンはたった一人しかもう家族はいなかったんだ。
じゃぁ先生は、贖罪と──アレンのために──?
「エリーゼごと魔王を貫いたその瞬間、彼女が最後の力を振り絞りその身の魔王を私の剣へと封印した後、アレンは私に言った。『仕方なかったんだよ。だから、君が気に病むことはない』と。無理矢理笑って。そして当時アレンが従事していた神殿に剣は納められた。だがそうか──あの封印は不完全だったのだな」
エリーゼは当時16歳。
その年齢でなぜ一時的でも封印の力があったのかは謎だけれど、多分未熟ゆえに力が足りなかったんだろう。
それでも10年もの間、平和に過ごすことができたのだ。
やっぱりエリーゼの聖女としての素質が大きかったのか……。
「ゲームの私はそうだったのかもしれないが、私は──今ここにいる私は違う。昔から、ただ一人しか見ていない。だから──……」
頬に寄せられる大きな手。
「もう一度言う。私を──今、ここにいる私だけを信じて、待っていろ」
「先生──……」
見つめ合い、ゆっくりと近づく先生と私。
そして──……。
ギュッ。
「イダっ!!」
つままれた私の可愛いお鼻。
そして先生は大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。
「復唱!! シリル・クロスフォードとエリーゼの間には何もない!!」
「し、シリル・クロスフォードとエリーゼの間には、何もないっ!!」
「ゲームのシリル・クロスフォードと、ここにいるシリル・クロスフォードは無関係だ!!」
「げ、ゲームのシリル・クロスフォードと、ここにいるシリル・クロスフォードは無関係だ!!」
ナニコレ。
今のキスシーン入るところじゃないの!?
「わかったらもう、私とエリーゼを気にして一線を引こうなどとはせぬことだ。君は、隠すのが下手なんだから」
「は……はい……」
私の返事に満足したように口元を緩めると、先生は「わかったならいい。──そろそろ時間だ。行くか」と立ち上がった。
エリーゼと恋仲ではない先生がいる世界。
そしてゲームの中にも関わらず私という人間が生まれた世界。
私の中に一つの疑問が浮かぶ。
ここは────ナニ?
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