学園旅行〜変態人魚、カナヅチ王子を助ける〜


「……眠れない」


 それはカストラ村の高めの気温によるものなのか、はたまた船上での先生のことが気になってなのか。


“泡になど──!! “もう二度と”させはしない──!!”


 あれはどういうことだったんだろう?

 私が泡になったのは、あの時。

 シリル君との別れの時だけ。

 その時のことだとすると、やっぱり先生、思い出したのかな……?


「……わかんない」

 はぁ……。

 浅瀬で少し海水に浸かるくらい、いいわよね。

 体と頭を冷やそう。

 私はベッドから起き上がって水着に着替えると、そのまま皆を起こさないように、そっとテントから抜け出した。



「はぁ……夜風が気持ち良い」

 海辺の風は冷たいけれど、熱った身体にはちょうど良く感じられる。


 誰もいない夜の海は真っ黒で、底が見えない。

 気を抜くとそのままずるずるとどこかへ引き摺り込まれてしまいそうで、不気味ささえ感じられる。


「や……やっぱりやめとこうかな?」

 なんか怖いわ。やっぱり。

 実際に夜の海を見て怖気付いた私が引き返そうとしたその時。

 視界に小さく人影が映り込んだ。


 カーブになった海岸の端。ここよりも高い岩崖の上。

 あれは──……。

「先生?」


 夜の闇に紛れてしまいそうな黒づくめの服装だけれど、あの美しい銀髪はまさしく先生!!

 何してるんだろう、あんなところで……。

 手に持ってじっと眺めているのは、小さな本のようなもの。

 う〜ん、ここからじゃ何の本なのか見えないなぁ。

 もう少し近づいて──……。


「きゃ!?」


 ピュゥッ……!! と吹き荒れた突然の強い海風が髪を攫う。

 と同時に、先生の持っていた本が風に煽られ海へと落ちてしまった……!!

 そしてなんと、先生もその後を追うように海へと飛び込んだ──!!

「は!? 先生!?」

 ちょ!! 先生泳げないんじゃ!?

 何やってんのあのカナヅチ王子!?


 私は急いで海へと入ると、先生が落ちていった付近目指して泳ぐ。


 黒くて冷たい海の中。

 どっちに何があるかもわからない。

 ッ……先生……どこ!?

 先生を失ったら……私……無理!!

 生きていけない──!!


 少しずつ深くなっていくけれど、今の私には怖がる余裕なんてない。

 先生を失うこと以上に怖いものなんてないから。


 先生……先生……!!

 夢中で手足を動かし前へと進む。

 すると、すぐ下の方からぷくぷくとたくさんの水泡が噴き出してくるのを発見した──!!


「!!」

 先生──!!

 それは先生の口から出ていた彼の生きている証。

 よかった……見つけた……!!

 私はすぐに先生を抱え上げると、一気に水を蹴って海面へと浮上した──。


「────っぷはぁっ!!」

 ザブン──!! と大きなしぶきをあげて二つの頭が海から顔を出す。


「先生!? 先生!!」

 肩で息をしながらも、必死で先生を呼ぶ。

 波に上下に揺られながら先生を落とさないようにしっかりと抱き抱えるけれど、先生は意識もない上、服も着ている分とても重く、このまま岸まで行くのは困難だ。

 どこかで一旦避難しないと……。


 暗闇の中、目を凝らして辺りを見回す。

「!! あそこ……!!」

 見つけたのは岩に囲まれた洞窟のような場所。

 あそこで一旦先生の意識が戻るのを待とう。

 私は力を振り絞ると、先生を抱えて洞窟まで再び泳ぎ出した。



「──よいっ……しょ!!」

 どうにか洞窟まで辿り着いた私は、先に先生を岩の上へと押し上げると、自分も足をかけて登っていった。

 洞窟に人や物の気配はない。

 ピチャン──ピチャン──。

 天井から時々降ってくる水滴の音だけが洞窟の中を反響しているのみだ。


「先生、ちょっと失礼しますよ!!」

 私は先生の左腕を自分の肩へと回し支えながら洞窟内へと連れて入ると、マント留めを外し、防水魔法付与がついてすでに水気のないそれを敷いてその上に先生を寝かせた。

 魔法が使えないエリアでも付与されたものは有効なのね。

 助かったわ。


 私は先生の白いシャツの上部のボタンを外し少しだけくつろげると、少し失敬して先生の胸へとピッタリと耳を当てる。


 トクン──トクン──。


「よかった……生きてる……。先生? 先生!!」

 規則正しく鼓動する音に安堵しながらも、私は先生を呼び続けた。

「ん……」

 眉間にいつもの皺が刻まれ、瞼がふるりと揺れる──!!


「かん……ざき……?」

 ゆっくりと私が好きな冬色の瞳が顔をのぞかせ、桜色と交わった。


「先生……よかった……!!」

 喜びと安堵のあまり、私は先生の首へと手を回しぎゅっと抱きつく。

 生きてる……!!

 先生、ちゃんと生きてる……!!


「っ……君が、助けてくれたのか?」

 ゆっくりと先生の手が私の背中へと回され、私は先生の体温を感じながら、コクコクと頷いた。


「……そうか……ありがとう。すまなかった」

「本当に……本当によかっ──……」


 そこで私の意識は夜の闇よりも深くへと落ちていった──。


 ちょっと……体力、限界……。

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