【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の決心〜学園旅行〜


 男二人だけになった甲板の上。

 私はレイヴンの肩から手を離すと、奴に向かって言った。

「……世話をかけた」

「いいところで邪魔しちまったみたいだけどな」


 やめろニヤニヤするな。


「昨日から、珍しくお前らしくなかったな。あんな女に言い寄られてもボケーっとしてたし」

 あんな女?

 あぁ、ラティス殿のことか。

「気にする余裕が……なかった」


 カンザキのことで頭がいっぱいで──とは口が裂けても言えないが、奴にはわかっているんだろう。

 妙なところで勘の効くやつだ。


「しっかりしとけよ。俺のご主人様までおかしくなるだろ」


 ご主人様。

 レイヴンは本気でそう思っているのだろうか?

 奴がカンザキを特別に思っているのはわかる。

 だがそれは主人としてなのか、それとも異性への愛を持ってなのか、私には判断がつかないでいる。


「君は?」

「は?」

「君は主人として彼女を思っているのか? それとも──女性として?」


 人のことになど興味がなかったはずが、どうしても気になってしまったんだろう。

 気づけば口から直接言葉としてその疑問を出してしまっていた。


 レイヴンも私からまさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかったようで、驚いたように目を見開き、口を半開きにしたまま固まってしまった。


「……お前……変わったな」

 やがて呟いたレイヴンは、どこか嬉しそうに笑っていた。

「人のことを気にするようになるなんてな。お母さん嬉しっ」

「誰が母親だ。君は男だろう」

 私と此奴こやつ以上に、親子と言われてもピンと来ないものはいないだろうほどには、性格が正反対すぎる。

 幼馴染でなかったら絶対に関わろうとしていないタイプの男だ。


「んー……確かに俺はヒメが好きだ」

「!!」

 船の手すりに手をかけ、あっけらかんとした様子で普通に認めたレイヴン。

 あまりにも揺るぎない言い方に、動揺を隠せない。


「でもな、それってたぶん、皆そうなんだろうと思うんだよな。レオンティウスも、初恋の女の子がどうのって言って婚約とかしないの、多分あれヒメのことだろ? あとマローな。あいつもヒメを意識してるだろうって俺の勘が言ってる。ま、あいつは場外だがな!!」


 場外とか言ってやるな。

 セリアが哀れに思えてくる。


「なんか昨日は色々呼び出されて告られてたらしいし、Sクラス以外にも人気なんだよな、ヒメって」

 そうだ。

 何度もAクラスや騎士科の生徒に呼び出されていた。

 やはりそういう類の呼び出しだったか。

 だがその誰とも船の中で一緒に居なかったのを見ると、やはり全て断ったのだろう。


「人気にならないはずがないんだよな、よく考えたら。テンションおかしいけど可愛いし、モロゾだし、馬鹿だけど性格も頭も良いし、モロゾだし、変態だけど強いし」


「モロゾ?」


「あぁ、あいつの胸の大き……さ……あぁぁ待て待て!! 剣に手をかけるな!!」


 くそ。

 だから上着をかけたというのに何度も脱いでは海に入って……あの馬鹿娘……!!


「ま、まぁとにかく、人気があるのもしかたないんだって」

「……」

 人気がある、というのはわかる。

 本人は自己肯定感が皆無に等しい分わかってはいないだろうが、思わず惹きつけられる魅力が彼女にはたくさん備わっているように思う。


「……でもな。あいつを託せるのは、お前だけだとも思ってる」

「っ……私?」

 さっきまでのおどけた表情が急に消え、琥珀色の瞳が真摯に私を貫く。


「あいつが、あれだけ愛情を注ぐ相手はお前だけだ。お前もそうなんだろう? なら、俺が大事なあいつを託せるのは、お前しかいない。俺はあいつを、あいつが1番幸せになれる奴のところに送ってやりたいんでな」

「レイヴン……」


 やはり勘のいい彼にはわかっていたのか。

 その上で彼女の幸せを1番に願い、送り出そうとしている。

 まったく……やはりこの男はすごい奴だ。


「ま、もちろん心変わりして俺を好きにでもなったら、めちゃくちゃ甘やかして、心も身体も俺がいないとダメなくらいにはとろかしてやるがな!! 俺はほら、経験値たっぷり稼いでるから、そういうのは得意だしな!!」


 まるで『お前にはそんな経験値は皆無だろう』と言っているかのように、挑発的な視線を送ってくるレイヴンに眉を顰める。


 私だってその気持ちは同じだ。

 確かにそういう面には疎いし、レイヴンのように慣れていない分、わからないことも多いだろうが……。

 それでもあれを……、大切にしてやりたい。


「ま、そんなわけだから、次は無ぇぞ。 傷心中のヒメに思いっきり付け込んでやるからな」

「……あぁ、わかっている」


 失いたくない。

 渡したくない。

 過去も、現在も、未来も──。

 たった一人の大切な女性。


 レイヴンにも、レオンティウスにも。

 他の生徒や他国の王族にだってそうだ。

 誰にも渡せない。


 思いを止めるのはやめにしよう。


 そう決心した私は、再び満天の星空を見上げると、彼女に思いを馳せるのだった──。

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