帰る場所は──わかっているな?

「カンザキ。グレミア公国のタスカから伝達が入った」

 一日ゆっくり寝たらすっかり熱も下がってだるさも引いてきた私に、先生が申し訳なさそうに告げた。


「今夜23時。パントモルツ伯爵領の西の森の小屋で待つ、と。ずいぶん一方的な誘いだが……どうする? 君も熱を出したばかりだし、断るか? 向こうの都合に合わせてやる必要はないぞ?」

 むしろ断った方が良いような口ぶりに、思わず苦笑いをこぼして、私は「行きます」と答えた。

 その返答に対して深くなる先生の眉間の皺。

 難しい表情の先生も素敵……!!


「……1人で行くんだぞ?」

「えぇ、大丈夫です。それが条件なんですから。タスカさんと話すことで戦争を回避できるんなら、私、頑張っちゃいますよ!!」


 戦争が起こればたくさんの人が死んでしまう。

 ジャンやセスター、グレイル隊長だって駆り出されてしまう。

 先生だって例外じゃない。

 それに……レオンティウス様。

 彼が【マメプリ】のゲーム内で死ぬのは、この戦争中だ。

 レオンティウス様が死ぬなんて、そんなの絶対に嫌だ。

 そんな運命、到底受け入れられない。


「……わかった。なら、了承の旨を伝達しておく」

「お願いします」

 先生、眉間の皺がより深くなってますよ!!

 凶悪な人相になりつつあるのに美しいって、ほんと、羨ましすぎる。

 でも、心配してくれてるんだよね、きっと。


「何か注意することってありますか?」

 交渉とか初めてだし、ちゃんと聞いておかないと。

 せっかくの機会、実りのない会話になってしまってはもったいない。

「奴は適当そうな雰囲気に反してとても鋭い。下手な駆け引きや隠し事はしないほうがいい。だが、相手の出方次第では隠すべきところは隠し通せ。あちらの実情も、奴の真の立場もわからぬままペラペラと喋るな。注意深く観察し、見極めることだ」


 ……うん、急激に不安になってきた。

 考えるのとか駆け引きって苦手なんだよぉぉ!!

 って……こんなだから【脳筋】なんて言われてるのよね、きっと。

 最近の騎士団では私のことを【グローリアスの脳筋】と呼ぶ輩も出てきた。


 あぁ、だんだん変な二つ名が増えていく……。


「私に……できるでしょうか……」

 不安しかない。

 うぅ……胃が……!!


「──大丈夫だ」

 短い言葉だけれど、真摯に私を見つめるそのアイスブルーの瞳が私に力をくれる。

 信頼してくれてるってことで……いいんだよね?

 なんだかこそばゆい。

 でも、力が湧いてくる。


「先生、私、頑張ってきます!!」

「あぁ。くれぐれも油断するな。必ず帰れ。……待っている」

「!! ──はい!!」


 待っていてくれる人がいる。

 私の居場所はここにある。

 だから私は大丈夫。

 頑張れる。


 おっしゃぁぁぁっ!!

 待ってなさいタスカさん!!





 そして夜──。

 私は騎士団の訓練場で、最終チェックと見送りを受けている。


「本っ当に1人で大丈夫?」

「俺も影からついていくか?」

 過保護筆頭、レオンティウス様とレイヴンが、さっきからずっと心配そうについて来ようとするんだけどこれ誰か止めて。

「あのクリンテッド副騎士団長とシード魔術師長にここまで心配されてるヒメって大物だよな」

 面白い見世物でも見ているかのように笑うグレイル隊長。

 この筋肉だるま……他人事だと思って……!!


「クロスフォード騎士団長、本当に1人で行かせるのですか?」

「ヒメ・カンザキは何度も騎士団に協力してもらっているとはいえ、まだ学生です。今回の任務は荷が重すぎるのでは? 失敗されては困るのですぞ? これは子どもの遊びではない」


 そう先生に訴えるのは、ベリーショートの黒髪にクールな表情の女性──4番隊隊長のマーサ・カリスト隊長と、大きくてごつい巨体の5番隊隊長──ガレル・ボーロ隊長。

 お二人とも初めましてだ。

 マーサ隊長は普段隠密活動で他国に潜入しているらしいし、ガレル隊長も基本いつも見回りに出ていてほとんど騎士団にはいないらしい。


 夜の騎士団訓練場にセイレ騎士団の騎士団長と隊長たちが勢揃い。

 なんて豪華なんだ……!!


 まぁ、私ができるか不安だよね。

 だって16の小娘だもん。

 いくら騎士団で力を奮ってるとは言っても、経験不足で相手にいいように丸め込まれる不安もあるだろうし。

 お二人の心配、ごもっともです。


 さてどうすべきか。

 私はチラリと隣の先生を見上げてみる。


「問題ない。これは私の、唯一の弟子だ」

「!!」

 唯一の……弟子……!!

 嬉しい。

 私が先生の、唯一の、弟子!!

 自負はしていたけれど、本人から言われると自分で言うとではわけが違う。

 し、幸せすぎる……!!


「戦力的には大丈夫かもしれませんが、経験というものが不足していると思われます!!」

 なおも食い下がる大男。

 そんなに信用ないのか、私。

「そこは大丈夫だろ。こう見えて人生経験豊富だぞ、こいつ」

「そうそう、人は見かけによらないんだから」

「脳筋だけど、やるときゃやるっすよ」

 レイヴン……レオンティウス様……グレイル隊長……。

 フォローしてくれてるんです……よね?


「……とにかく、これは大丈夫。異論は認めん」

 表情を変えることなくマーサ隊長とガレル隊長に言い切った先生に、お二人ともそれ以上何も言えずに眉をしかめて口をつぐむ。

 そして先生は私に視線を移すと、少しだけその厳しい表情を緩めた。


「帰る場所は──わかっているな?」


 私の帰る場所……。


『私が帰る場所は、何があっても、誰がなんと言おうと『ここ』なんです』


 5年前の言葉がよみがえる。


「──はい!!」

「ならいい。……行ってこい」


「はい!! 行ってきます、先生!!」


 私は愛しい人へふにゃりと微笑むと、約束の森へと転移魔法を発動させた。





★後書き★


いつもありがとうございます!!!

本日、人魚無双番外編「君が生まれた日に──」を公開いたしました。

ヒメちゃんと黒猫シリル先生の無自覚ラブラブで素敵な挿絵付きです!!

よろしければご覧くださいませ♪

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