【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の理性2


 私が彼女の頬に手を添え、吸い込まれるようにして顔を近づけていくと、彼女は何を言うでもなく、ただその桜色を瞼に隠した──が──……。


 コンコン──「ヒメー?」

「っ!!」


 聖女の声?

 全く、タイミングが良いのか悪いのか……。

 だが、止めてくれてよかった。

 雰囲気に飲まれては、彼女に悪い。


 私が冷静になったところで来客の対処をするためベッドから降りようとした瞬間──「先生、ごめんなさい!!」

「は? お、おい!!」


 刹那、私は冷静さを失ったこの小娘によって、彼女が転がる私のベッドの布団の中へと引きづり込まれた。


 何やっているんだこの馬鹿娘は……!!

 これでは見つかった時の言い訳がややこしくなるではないか。

 すぐに出ようとするも手遅れ。

 カンザキの返事と共に扉が開かれる音がした。

 複数の足音が近づいてくるということは、聖女だけでなくいつものメンバーが来ているのだろう。


 今私は彼女の身体に跨った状態で、そのまま彼女の身体に倒れる形で押し込められている。

 上半身はなんとか左に避けたが、他だけは所在迷子で彼女の柔らかい服の上へと居座ったままだ。

 これはどこだ?

 肩……だろうか?

 あまりの密着具合に頭がおかしくなりそうだ。


「よっ!! へぇ〜ここがクロスフォード先生の部屋かぁ〜。想像通りクールでカッコいいな。さすがクロスフォード先生だ!!」

「ていうか、なんでお前先生のベッドで寝てんだよ!? そ……そんな格好で……!!」

「そんな格好って言われても、普通の寝巻きですよ? 私たちにとっては日常だからいいんで──ひゃっ!?」


 っ!!

 カンザキの言葉のチョイスに動揺して、私は思わず腕を動かしてしまった。

 柔らかい感触が手に伝わる。

 ……いや待て。

 これは前にも感じたことがある。

 確かこれは……カナレアの温泉で──。

 思い出される白い肌と右手の柔らかい感触。


 っ……!!

 思い出すなシリル・クロスフォード!!

 だがあの感触と同じだと言うことは──……っだめだ。

 考えるな。

 無心になってやり過ごして……。


 無意識に指が動いてしまったようで、カンザキから時折悩ましげな声が漏れる。

 気にするなシリル・クロスフォード。

 お前は何も聞こえていない。


 15やそこらの子どもたちにはこれは熱で苦しんでいるせいだと思っているだろうが、レイヴンやレオンティウスなら怪しんだだろう。

 いやそれだけでなくおそらく奴らならそのまま襲いかかりそうな気がする。

 奴らでなくて本当によかった。

 心の底からそう思う。


 何度か繰り返される会話に2人揃って反応しながらも、ようやくカンザキが話を切ろうとしているようだ。

 これで少しは落ち着くか……。

 そう思った矢先──。


「ふふっ。もうすでにここは、2人の愛の巣ですのね」

「なっ!!」

「(っ!!)」


 愛の……巣……。。

 違う。

 断じて違う。

 ここは私の部屋で、私のベッドだ。


 そうだ、こんなところにいつまでも手を置いているから変な気になってしまうんだ。

 場所を移動させねば。

 早急に。


 私は彼女の胸から少し下の方へと手を這わせ、ほっそりとした、おそらく腰元へと手を移した。

「んっ……」

 手を移す際にまた悩ましげな声をあげたが、ここならば少しはマシだろう。


「ヒメ? 本当に大丈夫? すっごく顔赤いわよ? 熱上がってるんじゃない?」

「へ!? あ、い、いえ、あ、いや……そうみたいです。もうしばらく休んだら、きっと大丈夫です」

「そうか? なら、俺たち行くから、ゆっくり寝てろよ?」

「は、はい、そうします」


 よかった。

 なんとか乗り切ったか……。


「ヒメ、お大事に、ですわ。また授業で」

「クロスフォード先生に襲われんなよー」

 なっ……!!


「バカね。クロスフォード先生はどっちかって言うと襲われる側でしょ」

「ハハッ!! 確かに!! ヒメだもんな!!」

 貴様ら……!!


「ま、それにさすがにクロスフォード先生もまさか10歳も下の子どもに手なんか出さないだろ。レイヴン先生じゃあるまいし」

「あら、そこはわかんないわよ? 先生意外とそういうの気にしないかもしれないし、むしろロリコン気質かもしれないし」

 ロリ……コン……。


「じゃヒメ、私たちいくわね」

「お邪魔しました、ですわ」


 パタン、と扉が閉まる音。

 はぁ……行ったか。

 まったく、奴ら、好き放題言ってくれる……。

 どうしてやろうか。


「あ……あの、先生? いきました……よ?」

 恐る恐ると言った様子でカンザキの声が私の意識を呼び戻し、ゆっくりと体を浮上させる。

 カンザキの華奢な身体を跨いで見下ろすと、彼女は不安そうな顔を引き攣らせつつも、赤い顔のまま私を見上げた。


 ……その顔は……反則だ……。


「いちいち変な声をあげるな……」

「だ、だって、先生が変なとこ触るから……!!」

 それを言われては私も何も言えない。

 決してやましい気持ちはないが、罪悪感が湧いてくる。


「っ……そ、それは……悪かった」

 私が素直に謝罪すると、「その……私もすみません。つい先生を隠しちゃって……。よく考えたら先生の部屋ですし、堂々としててもよかったんですよね」と眉を下げて彼女も謝ってきた。


「……いや、いい。だが、君ももう子供ではないのだから、気をつけなさい」

「え? でも、先生から見たら十分子供ですよ?」

「実年齢詐称をするな。年齢詐称は顔だけにしておけ」


 生きてきた年数を合計したら私と同じ歳は生きている。

 到底、そうは見えないが……。


「い、今は16歳ですもんっ」

「それでも──」

「ひゃっ!?」


 再び左腕をカンザキの顔の右側につき、右手で彼女の頬に触れる。

 真っ赤に色づくその頬が愛らしくて、思わず口角が上がるのがわかる。

 だめだ。

 耐えろ私。


「反応は立派な大人なようだからな。取って食われんようにすることだ。たとえ私であっても、油断はするな。敵の前なら尚更だ」

「は……はひ……!!」

 噛んだ。

 こんな時なのに、彼女らしいといえばらしい。


「私はこれから聖女とアステルに修行をつけねばならなくなったようだ。夕食には戻るので、それまで寝ていなさい」

 魔力が無くなるギリギリまでしごいてやろう。

 アステルは騎士団と同じ厳しい訓練メニューを課すことにするか。


「はい、行ってらっしゃい」

 彼女から出たその言葉が、私を暖かくしてくれる。

 本当に、不思議な娘だ。

 私は僅かに頬を緩めて「あぁ。──行ってくる」と答えると、そのまま自室を出た。


 まったく……。

 毒気を吸い取ってくれる……。

 これでは奴らに厳しく修行をつけることが困難になってしまったではないか。

 ……早く終わらせてしまおう。


 最短で奴らの魔力と体力を奪い尽くすと決意した私は、そのまま今頃涼しい顔で友人たちと休憩しているだろう聖女とアステルのもとへと足を進めた。

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