未来の旦那候補
さて──。
この薬を飲むべきか。飲まざるべきか。
それだけが問題だ。
私は先生のベッドに転げたまま、サイドテーブルの上に置かれた小瓶と睨めっこする。
どろっとした濃い緑の液体からしてアウトだ。
味も見た目を裏切らないドブ川の味だし。
5年前、ここにまだ来たばかりの頃、剣を握ったり魔法を使ったりする修行にも慣れていなくて、体調を崩したことがあった。
その時にこれを飲んだけれど、あのときはしばらく吐き気が治らなかったのよね……。
先生、瓶ごと幼女の口に突っ込むんだもん。
鬼畜すぎる……。
そんなドSな先生も好きだけど!!
激しく萌えるけど!!
「なぁ〜に瓶見ながらニヤついてんだ?」
「ひゃぁっ!?」
私1人だったはずの部屋に男の声が響いて、声のする方を見るとレイヴンが頬を引き攣らせながらこちらを見ていた。
「レイヴン!? い、いつの間に……!! あなたは忍者ですか!?」
音もなく忍び寄るなんて……。
うん、忍びだ。絶対に。
「ニンジャ? なんかよくわかんねぇけど、俺普通に入ってきたぞ? お前が瓶見ながらニヤけてて気づかなかっただけだ」
くぅっ……言い返せない……!!
「これ、アステア先生の体力回復薬だろ? 飲まねぇのか?」
「だ、だって……まずいんですもん」
「ガキか」
「ガキです!!」
16歳だからね!!
「いやお前本当は20歳だろ? 縮んだり伸びたりして人生体験年数はそれより多いんだし、それは無理あるぞ」
くっ……レイヴンのくせに鋭い……!!
「なんなら俺が口移しで飲ましてやるぞ?」
妖艶な笑みを浮かべてベッド脇に腰掛け私を見下ろすレイヴン。
「結構ですっ!!」
なんでこうも皆口移ししたがるの!?
欲求不満なの!?
「く、口移しはどうせなら先生にしてほしいです!!」
「俺も先生だぞ、一応」
そうだ、この人も一応先生だ。
しかも担任の。
ていうか担任が生徒にあんな発言していいの!?
「く、クロスフォード先生ですっ!!」
「……お前、ブレねぇなぁ……。ったく、こんなイケメンが迫っても
たとえイケメンでも先生以外はアウトオブ眼中なのでね!! 私!!
「レイヴン、適当なことばっかり言ってたら本命が現れた時苦労しますよ!!」
「……適当ねぇ……。まぁ、もうすでに苦労してんだけどな」
「? あ!! 適当といえば!! 前に先生の黒ずくめの服は喪服のつもりだとか言ってたの、違ったじゃないですかぁっ!!」
あれでどれだけ悩んだか!!
理由はただ単に『似合わないから』という可愛らしい理由だったし!!
「あ、違ったのか? 俺はてっきり死んだお前やエリーゼを思っての喪服だとばかり……。ほら、あいつ雰囲気悲壮感の塊って感じだし」
死んだ私とか言うな!!
生きとるわ!!
そして先生は悲壮感の塊なんかじゃない!!
ちょと陰キャ気味……じゃなくて、ちょっとクールで物静かなだけだいっ!!
「全く、適当すぎます、レイヴンは──っ……!!」
「ヒメ!?」
あぁ、興奮したらまた身体の熱が上がってきたみたい。
頭が重くて痛い。
「大丈夫。ちょっと、興奮しすぎました」
息を吸って吐いてを繰り返してどうにか落ち着かせる。
「……なぁ」
「はい?」
「お前……
「へ? はい、……そう、らしいですけど……」
正直、実感としてはゼロに等しい。
なんてったってほぼ覚えていないから。
次にレイヴンから発せられた言葉に、私の身体のだるさも一瞬にして吹き飛ぶことになる。
「なら──シリルと結婚すんのか?」
…………はい?
けっ……こん……?
はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
な、なんで!?
私と先生が!?
「な……な、な……!! 何でそんなことに!?」
「いやだって、元婚約者候補だろ?」
た、確かに、婚約者になるはずだったとは聞いたけど……。
「も、元です!! しかもまだ候補段階だったんでしょう? それに、先生には心に決めた人が──痛っ!!」
そこまで言って、私の頭に激痛が走った。
だめだ、興奮しすぎた。
「おい、大丈夫か!? ったく、落ち着けって。 ……あいつの好きなやつとか……見てる限り1人しか思いつかないんだが……」
「やっぱりエリーゼとそういう仲だったんですね?」
「は? ……あ〜……そういう……。お前も大概鈍いな」
ぬぁっ!? 失敬な!!
「ま、お前が誰と結婚するにしても、俺はお前を守るのみだがな。……あ、俺にしといてもいいぞ、未来の旦那。俺今フリーだし」
軽い!!
チャラい!!
途中までなんかかっこよかったのに!!
最後ので台無し!!
「遠慮ですっ!!」
「ちぇっ、可愛くないやつ」
悪態をつきながらも、レイヴンの琥珀色の瞳は優しく細められ、私を見下ろす。
あれ、なんだか瞼がまた重くなる。
あぁ、だめ。
目が……。
「ん? おねむか?」
「ん……」
重力に抗うことができず、ついに瞼は完全に閉じて、私のおでこに熱いレイヴンの手が重なる。
「ゆっくり寝てろ。俺の可愛いお姫様──」
そして私は、優しい声を聞きながら、再びまどろみの中へと落ちていった──。
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