あの日のプロポーズ


 ん……ここ……。

 また真っ暗闇の中に迷い込んだみたい。

 さっきと違うのは、私の手の中にはリーシャ王妃から渡された光る水晶があること。

 淡く控えめな光だけが、この暗闇の中で存在感を示している。


「また……会えるのかな……?」


 私の小さな呟きがまるでどこかのホールのように幾重にも重なって反響して消えていく。


 少しの期待を胸に待てど、待ち人は現れる気配がない。

 どうしよう。

 目が覚めるのをこの暗い中で待っているしかない?


 私は、私以外で今ここで唯一存在する手の中の水晶へと視線を移してみる。

 これ、なんなんだろう?

 【私にとっても【彼】にとっても、とても大切な記憶のカケラ】って言ってたけど……。

 【彼】って?

 光を放つそれをじっと覗いてみた瞬間──。


「わっ!! な、何!?」


 光は突然に大きく広がり、私は瞬く間にその中へと吸い込まれてしまった。






「……っ……」


 目を開けた私の目の前に広がるのは、大きな大きな湖。

 辺りは木々で溢れ、湖のほとにはあちらこちらに光る水晶が生えている。


 あれ? ここ……。


「聖域?」


 あまりにも見慣れすぎた風景に、混乱してただ呆然と佇む。

 なんで私、聖域に来たんだろう?

 記憶のカケラが無くなってる……。

 もしかしてこれが記憶のカケラの中身?

 だとしたらいつの記憶……?


 私が1人思考を巡らせていると、ザッザッザッザッと音を立てながら草を踏み走ってくる小さな子どもの姿が目に入った。

「ここ!! ここにうえるの!!」

 女の子の高い声。

 こっちに来る!!

 か、かくれなきゃ!!

 あぁぁぁ、いやもう手遅れ……!!

 私が女の子に鉢合わせるのを覚悟して向き直ると、女の子は私にまるで気づいていないかのようにスピードを緩めることなく突進してきた。


「は!? ちょっ!! 待って!!」

 受け止めようと手を前に伸ばす。

 けれど女の子は、伸ばした私の手や身体をすり抜けてその先の湖の目の前で足を止めた。


 今、すり抜けて──!!


「走ると危険ですってば!!」


 ま、また来た!!

 私は女の子を追って現れた人物を見て、一瞬、息をするのも忘れ動きを止めた。


 銀色の短い髪にアイスブルーの瞳。

 声変わり前だけど、この子は──。


「先生……?」


 じゃぁこの黒髪の女の子は……。

 くるりと振り返った女の子は【赤い瞳】をキラキラとさせて少年を見ると、少年が息を整えているにもかかわらず、マイペースにもふにゃりと笑った。


「シリルしゃま、ここがいい!!」

「はぁ〜……まったく……。わかりましたから落ち着いてください──姫君プリンシア


 やっぱり……!!

 これは3歳の私と──8歳の先生?

 出会ったその日であり、サヨナラをしたその日。

 私たちの──最初で最後……。

 そんなまさか……。

 じゃぁ私、今あの日を見ているの?

 2人とも私に気づいている様子はない。


「よーし!! ぱらぱらぁ〜」

 3歳の私が何かを袋から取り出すと、パラパラと小さな手でこねくり回しながらその場に撒いた。

「あぁほら、そんな適当に撒いて……!! もう少し満遍まんべんなく撒いてください!!」

「だいじょぶ!! まけば出るよって、おとうさま言ってた!!」

「適当か!!」

 適当か!!

 私の心の中と小さな先生の声がかぶった。


 先生、この頃から苦労してたんだな……。

 面倒見がいいのは性分だもんね……。

 今度胃薬でもプレゼントしよう。


「僕も手伝います」

 そう行って小さな私のふくろからタネを取ると、小さな私とは違って丁寧に満遍なく撒いていった。


 僕!!

 僕って!!

 過去で会ったシリル君はすでに一人称が『私』だったのに、まだこの頃は『僕』なんだ!!

 可愛い……!!


「これで来年にはセレニアがたくさん咲きますね」

「あいっ!! ありがと、シリルしゃま!!」

「い、いえ……僕は何も……」


 可愛いなこの2人。

 それに私、シリル様って呼んでたんだ。

 先生を名前で……。

 ……羨ましい。


「シリルしゃまは騎士になるの?」

「え? あ、はい。そのつもりです」

「騎士になったら、シリルしゃまと会えなくなるの? それはやだなぁ。シリルしゃまモテるだろうし」

「っ……!!」


 マセ過ぎじゃないかい!? 私!!

 小さい頃ってこんなに頭で考えたことそのまま口に出してたんだ。

 なんなのこの小さくて甘酸っぱい感じは……!!


「……他の女はいらない」

 ボソリと小さな先生が口を開いて、そのまま続ける。


「僕があなたの、騎士になってみせる。だから僕と、結婚してください!!」


 プロポーズ来たぁぁぁーーーー!?!?


「え、やだ」


 瞬殺っ!?!?!?

 何言っちゃってんの!?

 先生からのプロポーズだよ!?

 何勿体無いことしてんの私!!


「なぜですか!?」

 本当だよ!! なんで!?

 小さな先生とともに私も小さな私に詰め寄ると、彼女はとっても真剣な顔をしてから真っ直ぐに小さな先生を見た。


 「おとうさまとおかあさまが、なによりもまもるべきはコクミンだって言ってた。だから、コクミンをまもってくれる人じゃなきゃケッコンしないっ」


 っ……!!

 私は……そんな強い意志を持っていたの?

 3歳で?

 すでに王になろうと……その小さな身体で?

 自分自身のはずなのに、真っ直ぐなその瞳の強さに圧倒される。


「……なら……。あなたと一緒に、民を守らせてほしい。だから……、だから僕と、結婚してください!!」


 真っ直ぐに見つめる強い瞳を、同じくらい真剣に見つめ返した小さな先生が、跪いて手を差し出し、再び小さな私にプロポーズをした。

 まるで小さな王子様とみたい。

 先生がこんなに情熱的にはっきりしっかりとプロポーズするなんて……。

 しかも一回瞬殺されてるのに。

 よっぽど姫君のことが好きだったのかなぁ。


 小さな先生の必死なプロポーズに、小さな私は今度は少し驚いたように赤い目をまん丸くしてぽかんと口を開けてから、「へへへっ、はいっ!!」とにっこり笑って王子様のその手を取った。


「シリルしゃま、だぁいすき!!」

「僕も、大好き、です」

 2人の幸せそうな笑顔の花が咲く。


 この時のまま──……。

 このままでいられたなら……。

 私は今頃、先生と結婚してたのかな?

 父母に見守られて幸せに生きてきたのかな?



 ん?

 茂みに何か……。

 あ!! あれ……。

 茂みの間に可愛いカップルをニマニマした笑みを浮かべ覗き見る王と王妃、そしてシルヴァ様の姿……。


 シリル少年一世一代のプロポーズのテイク1とテイク2、見られてた!?


 まぁ冷静に考えて小さな2人を2人だけで聖域には来させないか。

 それにしてもあのニマニマした顔……。

 先生には黙っておこう。


 グニャリ──。


 世界が歪む。

 あぁ、ここまでか。

 幸せそうな2人の姿を目に焼き付けながら、私の視界は再び闇に包まれ、そのまま意識はゆっくりと浮上していった──。

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