セイレには水着がないようです


 噂をすれば──レイヴン……!!

 顔を真っ赤にして口をパクパクさせながらこっちを見ている。


「お、お前ら、こんな……こんな屋外で……!! な、ナニやってんだ!?」


 そうか。

 今の私は両手を拘束されて、今まさに先生が私の胸に触れようと──実際には私のふところに捕われている手袋を奪い返そうと──している瞬間の図。

 構図的にはそういう行為をしようとしていると勘違いされても仕方ない。


「ち、違っ!!」

「シリル!! お、お前、初心者のくせにそんな上級者向けなプレイしてんじゃねぇぞ!?」


 何の初心者!?

 上級者向けプレイって!?


 私がオロオロと先生とレイヴンを交互に見やっていると、

「……散れ」

 と低くつぶやいて、先生は私の両手を拘束していた手を解くと、レイヴンに向き直り右手を向けて力を込め、一気に彼目掛けて無数の氷の刃を放った。


「ちょっ!! ま、待て!! 冗談だ!! 冗談!!」


 ジュッ、ジュジュッ、と炎の防御壁を出して氷の針から身を守るレイヴン。

 あの先生の攻撃スピードにすぐに反応できるなんて……さすが魔術師長。

 いつもチャラチャラしてるけど、実力はあるのよね。


「で? 何の用だレイヴン。まさか、そのような戯言を言うためだけに来たわけではあるまい?」

 言いながらも氷の刃を出す手は止めない先生。

 大人気ない……でもそんな先生が超絶可愛い!!


「お前なぁ……まぁいい。ヒメ、お前に伝え忘れがあってな。お前が休みの間に皆には話してたんだが……、2週間後から三日間、カストラ村に泊まりで旅行に行くぞ」

「旅行?」


 修学旅行……的な?


「本来は2年で行くんだけどな、今は情勢が情勢だからな……。行ける時に行っとこうってことになった。騎士科一年との合同だ。引率は俺とパルテ先生とジゼル先生、それにシリルだ」

「先生も!?」

 驚いて勢いよく先生を見つめると、先生は心底嫌そうな顔で視線を逸らす。


 先生と一緒に旅行……!!

 嬉しすぎる……!!

 でも……。


「でも、そんな楽しんでいて良いんでしょうか? 私、早く王位について、やらなきゃいけなこといっぱいあるのに……」

 早く力を受け継いで、エリーゼを甦らせて、アレンだって解放してあげなきゃなのに。

 そう思うとやっぱり罪悪感が湧き上がる。


「儀式には準備がいる。それまでの間ぐらい楽しめばいい。やるべきことは、一旦忘れてしまいなさい」

 まさかいつも真面目で堅物な先生からそんな言葉が聞けるなんて……!!


「そうそう。楽しむ時に楽しもうぜ。カストラ村は九月入っても気温がまだまだ高いからな。海で泳いだりもできるぞ。着替えをしっかり用意しておけよ。泊まるのは住居型テントだ。んで、お前のテントはクレアとメルヴェラと同じだからな」


 どうだ楽しみだろう、と、にっと笑って教えてくれたレイヴンに、私も目を輝かせる。

 先生やクレア達と旅行……!!

 うぅ……すごく楽しみ……!!

 色々考えなきゃいけないこともあるけど、今のうちにたくさん楽しもう。

 皆と、たくさん思い出を作りたいもん。


「水着買わなきゃですね!!」

 私が張り切っていると、「水着?」とレイヴンが疑問を返した。


 え……この反応、まさか……。


「水着、ないんですか? この世界……」

 恐る恐る聞いてみると、レイヴンも先生も顔を見合わせてから、

「聞いたことねぇな」

「言葉の感じだと、水の中で着る服のようなもの……だろうか?」

 と二人して不思議そうに首を傾げた。


 マジか……!!


「この世界、海水浴とかしないんですか?」

「まぁ、水遊び程度ならするが……貴族子女はしねぇなぁ。水に入るとなったら服が濡れるし、まさか真っ裸で泳ぐわけにもいかねぇからな。海に遊びに行っても、女子は基本は砂浜で優雅にティータイムや刺繍したり、水魔法で防水して海中散歩したりだな」



 魔法が発達してるのも、本当、考えものだ。

 水を感じながら泳ぐって楽しいのになぁ。

 でも水着がないってなると……うん、一から作るしかないか。


「先生……!! 私、頑張ります……!!」


「……ほどほどにしておけ」


 必ずや水着を調達してみせる!!

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