黒手袋と拘束プレイと


「──と言う感じで、すでに何人かは防御壁を出せるようになりました。一部の子はそのまま防御ドームまでいけそうなくらいに魔力維持できてますよ」


 先生との修行を終えて、私たちは湖の辺りで淡い光を放つ水晶に座り、持ってきた水筒で水分をとりながら、しばしの会話を楽しんでいる。


 こっちに戻ってきてから、先生はゆったりと私との時間を取ってくれている。

 少し周りを頼ると言うことを覚えたようで、睡眠も以前よりはちゃんととっていて、私も安心だ。


「Sクラスは順調か……。ご苦労だったな」

 先生は腕を組んで私の報告を聞くと、私に労いの言葉をかける。

「マローが少し心配ではありますけど、彼ならきっと乗り越えてくれるでしょう」

「マロー? あぁ、セリアのところの……。彼がどうかしたのか?」

「初授業の時に魔力暴走を起こして、その時のトラウマか、ドームを作ろうとして震えて途中で止まってしまったんです」

 昼間のことを思い出しながら先生に説明する。


「トラウマは……他人がどうこうできるものでもないからな」

「はい」

「…………君も……そう、なのか?」


 先生のアイスブルーの双眸そうぼうが私を捉える。

 心なしか心配の色を孕んでいるその冬色の瞳に、一瞬ドキリと心が跳ねた。


「君も、炎が苦手だろう?」

 聞きづらそうにしながらも柔らかい声色で尋ねる先生に私は「あぁ……はい」と何の気無しに答える。


「苦手、ですね。多分私の中で無意識に炎を恐れてるんだとは思います。覚えていなくても、記憶のカケラは残ってる。よく見る炎に包まれる夢も、きっと3歳の時の記憶で、その時必ず聞こえる女の人の叫び声も──きっと……」


 そこまで言うと、突然先生の大きな手が私の視界を遮った。


「思い出さなくていい」

 真っ暗な視界の中、はっきりと響く先生の低く抑揚のない声。

 今感じている感覚が、先生の声と先生の手の温もりだけ、という状況が、より彼を近くに感じさせてくれる。


「……はい。ありがとうございます、先生」

 私が言うとゆっくりと手が下ろされ、私は咄嗟にその下ろされた手をぎゅっと掴むと、するすると先生の手袋を外した。


あらわになっていく先生の白い手。


「な……何を──」

「先生。これ、魔力制御にしてるんですよね? 先生はもう魔力の制御は自分でできますし、これ取っちゃいましょ」

 ニンマリと笑て、そっと自分のふところに先生の片方の黒い手袋をしまい込む。


ふん、うぶな先生には取れまい。


「なぜ君がそれを……」

「過去で聞きました!! いつも黒ばかり着てるのは、他の色が似合わないからでしょう? 絶対似合いますから、他の色も着ましょう!! 白タキシードとかどうです? おすすめですよ!!」


 絶対かっこいい!!

 私は推そう!! 白タキシード姿の先生を!!!

 私が興奮気味にアピールすると、頬をひきつらせながら先生が「そんな日は来ない」と低く吐き捨てた。


「えー」

「えー、じゃない。チッ……こんな余計な情報を与えたのは父上か? 全く……迷惑な……」


 いえ、あなたです、先生。

 今よりもっと素直で可愛げのあるあなたが教えてくれましたよ。

 あー……可愛かったなー……シリル君。


「……」


 シリル君を思い出してニマニマしていると、不意に私の両手が先生の左手によってまとめて捕えられ、頭上へと押し上げられた──!!


「へ!?」

 壁ドン……いや、壁はないけど。

 何この突然の拘束プレイ!?

 私が脳内で混乱しながらも思考を巡らせている間に、先生の美しいご尊顔が私の顔に近づく。


「それを──返しなさい」

「っ……!!」

 先生の顔が……近い……!!


「と、取ったらどうですか? 先生に取れれば、ですけど」


 どうせ取れはしない。

 だって手袋は私の懐だもの。

 女性の胸に触れるなんてそんな大胆なこと、先生にはできっこない。

 レイヴンじゃあるまいし。

 そう思った私は多少強気に出る──が……。


「っ…………良いだろう。……じっとしていろ」

「へ?」

 予想外の言葉とともに、先生の手袋なしの筋張った大きな手が私の胸元へと伸ばされる。


 え!? 嘘でしょ!?

 あのうぶな先生が!?

 ちょ、こ、心の準備が……!!


 あと少しで先生の素手が私の胸元へ到着する。

 緊張と混乱で私がぎゅっと目を瞑ったその時──。


「お、いたいた!! ヒメー……って、シリル!?」

 聞き覚えのあるカラッとした声が、私たちの間に入ってきて、私たちは──先生は動きを止め、その声の主の方へと視線を移した。

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