少女達のけじめ



 朝兼用の昼食を食べた私は、寮のセレーネさんの部屋を訪れた。


「セレーネさん、私です」

 扉を叩いてから声をかけると、ゆっくりと扉が開かれ、きちんとセットされた金髪にしっかりメイクの、いつものセレーネさんが顔を出した。

 まだ少し目元が赤いけれどメイクで多少は隠れているから、まぁこれなら大丈夫でしょう。


「カンザキさん?」

「午後の授業、久しぶりでしょう? 一緒に行きませんか?」


 流石に一人であの視線たっぷりの中に放り投げるのは私の良心が痛む。

 経験者だからこそね、こういう配慮、大事。


「ありがとうございます。よろしくお願いしますわ」

 戸惑いながらも落ち着いた笑みを浮かべるセレーネさん。

 この子、こんな顔もできたんだ。

 今まで高慢な表情しか見てなかったから知らなかった。




 グローリアスの廊下をセレーネさんと並んで歩く。

 前までなら二人だけでいるところなんて想像できなかったであろう二人組。


「あの……」

「なんですか?」

「私、本当によろしいんですの? 授業に出て……」


 不安げに私を見るセレーネさんを、私は足を止めることなく見上げる。


「授業に出ないと学べないでしょうに。それに、貴女はまだまだここで皆と学び、遊ぶことを許されている。私がその時間を奪っていいはずがないです」


 今しかできない経験、今しかできない思い出。

 それを大切にしてほしいと思う私は、やっぱり甘いのかもしれない。

 だけど、変わろうとしている彼女からそれらを奪えるほど、私は偉い人間じゃない。

 それ以降彼女は何も言うことなく、私たちは教室の前までたどり着いた。


 教室の前の廊下ではクレアとメルヴィが授業開始までの談笑をしていたようで、私たちに気づくと、クレアはすぐにこちらに駆け寄り──。



 パァン──!!


 セレーネさんの頬を思い切り平手打ちした。


「く、クレア!?」

 驚きながらも、衝撃で後ろへとよろけるセレーネさんを支える。


「あんた……、自分がしたこと、理解してる?」

 クレアが低く声をあげる。

 声色だけでも彼女が今どんな感情でいるのかがよくわかる。


「この国が危険に晒されるところだったのよ? 戦争を引き起こすきっかけになるかもしれなかったのよ? あんただって私だって……ヒメだって死んでたかもしれないのよ? それに──私の親友を陥れようとしたあんたを、私は簡単には許さないから」


 長身のセレーネさんを睨みあげながらクレアが言って、セレーネさんはそんな彼女に向かって深々と頭を下げた。


 貴族が。

 平民に向かって。


 身分にこだわってきたセレーネさんが、躊躇うことなく平民であるクレアに頭を下げたのだ。


「謝って済むとは思っていませんわ。でも、どうか言わせてください。本当に、申し訳ありませんでした……!!」


「クレア、セレーネさんの処遇は私が決めさせてもらいました。彼女には死ぬ気で短期間での上級防御魔法を習得してもらいます。それが私の出した処遇なので、見守ってあげてください」


 私がそう告げると、クレアもメルヴィもギョッとした目で私を見た。

 え、何その、信じられない、って言うような視線。


「短期で上級って……あんた、えげつないわね」

「少し同情しますわ……」


 失敬な!!

 先生の考えていたものよりはマシよ!!


「まぁいいわ。あんたがそう決めたんなら。そろそろ授業が始まるわ。いくわよ、ヒメ、メルヴィ。……セレーネも」

不機嫌そうに、それでもちゃんとセレーネさんの名前を呼ぶクレアに、私はふにゃりと笑って「はい!! いきましょう」とセレーネさんの手を取るのだった。

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