グローリアスの牢獄
これからの話も終わって、公爵二人組は仕事があるからと名残惜しそうに学園長室を後にした。
続いてレイヴンとレオンティウス様、先生も仕事に戻り、「じゃぁ私も朝ごはんに何か摘んでから授業に行きますね」とソファから立ち上がる。
そして扉の方へと歩いていくと、
「あ、ちょっと待って」
フォース学園長に呼び止められ振り返る。
するとそこには先ほどまでのショタフォース学園長ではなく、大人な学園長の姿が──。
「君に、会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人?」
私が聞き返すと、学園長はいつものゆるい笑顔を失くし、真剣な表情で頷いた。
「ついてきて。生徒立ち入り禁止の、【グローリアスの牢獄】へ──」
言われるがままに学園長について騎士団本部から出てグローリアス学園本校舎を歩く。
一階のよく知った長い廊下を歩き続け、グローリアス学園の奥に突き当たると、大きな騎士画があるのみで、行き止まりになった。
「あの、行き止まりなんですけど……」
私が戸惑いながら口にするとフォース学園長は口元に人差し指を添え、「ここのことは内緒だよ?」と言ってから、その絵画に右手で触れ、魔力を流し込んだ。
すると騎士の目が緑色に光り、スゥッと絵画が透過した。
透過した先には暗い階段が下の方へと続いている。
隠し通路!?
こんなところにこんなものがあったなんて……。
「さ、行こう」
そう言って学園長は絵画を通り抜け、階段へと進んでいき、私もその後を追った。
地下へと続いていく細い螺旋階段を二人列になって降りる。
降りていく速度に合わせて壁にかかった燭台がひとりでに灯っていき、暗闇を蹴散らしていく。
二つの靴音と、息遣いですら反響し響く螺旋階段のつきあたりには、古びた木の扉。
「ここだよ」
ゆっくりと開かれる木製の扉。
扉の先には、左右にまた一つずつ扉があり、二つの部屋が存在した。
そしてフォース学園長は向かって右側の扉をコンコン、と軽く叩く。
こんなところに──部屋?
「入るよ」
返事を待つことなくフォース学園長は部屋のドアを遠慮なく開けた。
「君が会いたいと言っていたヒメ・カンザキを連れてきてあげたよ」
そう言った学園長の視線の先にいる人物を見て、私は思わず息をひゅっと吸い込んだ。
「──セレーネさん……!!」
部屋の隅にある簡素なベッドの上に座り
いつものがっつりメイクも無しに、素朴な少女らしい顔をしているけれど、間違いない。
セレーネさんだ。
生気を無くしたようなその瞳が、私をゆっくりと捉えた。
刹那、虚だったその青い瞳に光が灯った。
「カンザキ──さん?」
弱々しく名が呼ばれ、よろよろと私に歩み寄るセレーネさん。
私のそばまできて、彼女は目を潤ませるとガバッと私の腰元にしがみつき、
「ごめんなさい……!! 私……あんなことになるなんて……!! 私……あんな……!!」
大粒の涙をボロボロと流しながら縋り付くセレーネさんに、私は戸惑いながらフォース学園長を見やった。
「ここはグローリアスの牢獄。罪を犯した生徒を閉じ込めるための秘密の場所だ。彼女は、知らぬ間に利用されたとはいえグレミアと通じて、この国の重要人物でもあるクレア──聖女や君を危険に晒した。本当は屋敷での謹慎予定だったんだけど、彼女の父親が納得していなくて、結果謹慎にならないことになりそうだったから、シリルがここに移したんだ」
さすが女の子にも容赦ない先生。
でも今回のことは仕方がない。
だって本当に、クレアが危なかったんだから。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
泣きながら謝り続けるセレーネさんを見下ろす。
いつも綺麗にして、貴族であることを誇りとしている彼女が、こんなボロボロになって……。
それでも私は、何もせずして許してあげられるほど優しくはない。
大切な友人の命が危険に晒されたのだから。
「私は──……良いですよ、とは言いません」
私から出た予想以上の冷静な声に、セレーネさんも学園長も私を見て息を呑んだ。
「あなたの浅慮な行動で、私の親友も、この国も、大変なことになるところでした。だから、気にしないで、なんて思えない。……ですが……、そうですね。学園長、私にセレーネさんの処遇を任せていただけませんか?」
「君に? 良いけど……どうするの?」
興味津々と言った様子で楽しそうに私を見るフォース学園長。
私は学園長の許可を確認すると、セレーネさんに向き直り、彼女の冷たくなった手を握った。
「セレーネさん。あなた、死ぬ気で何でもできますか?」
我ながら冷たい声だと思う。
でも、これだけは聞いておかないといけない。
「……できますわ。私、何でもします。してしまったことの罪を償うためにも……」
その答えを聞いて、私は無表情のまま彼女を見下ろして口を開いた。
「なら──すぐに授業に復帰し、雷属性の上級防御魔法を習得してください」
「上級……防御魔法を!?」
防御魔法は基礎ではあるけれど、上級ともなればはるかに高レベルになってくる。
習得は並大抵の努力ではできない。
でも習得できれば、広範囲の防御が可能になるし、いざという時にたくさんの人の命を守ることができる。
もしもの時、いつでもどこでも私が守ってあげられるわけではない。
だから、少しでも自分と自分以外を守れるほどの人間を置いておきたい。
今クラスの子達には自分を確実に守れるだけの防御魔法を教えているけれど、彼女にはそれ以上を習得し、そんなオールマイティーな人間になってもらう。
それが私の出した彼女の処遇だ。
「いざという時、たくさんの人を守れるように。あなたに強くなってもらう。可及的速やかに。死ぬ気で強くなってもらいたい。どうですか? できますか?」
私が淡々と彼女に問うと、セレーネさんは眉に力を込めて、真剣な表情で私を見返して頷いた。
「やりますわ。自分のしたことの責任を取るためにも。助けてくれたあなたの役に立つためにも。私、死ぬ気でやらせていただきます」
強い目をしてる。
今までのセレーネさんとは全然違う。
本当に反省して、考えたんだね。
「わかりました。では午後から授業に復帰を。それで良いですね? 学園長」
私は再度フォース学園長へと確認を取る。
「うん。君がそう言うのなら、構わないよ。セレーネ、パントハイム伯爵には僕から伝えておく。これから君を君の寮の自室に転移させるから、身支度をしなさい」
「はい。ありがとうございます、学園長」
セレーネさんが言うと、フォース学園長は小さく頷いてから、彼女に手のひらを向け、転移魔法をかけると、セレーネさんはその場から一瞬にして姿を消した。
「まったく君は……」
「良いアイデアでしょう?」
「確かに戦力は多い方がいいけれど……、かなりキッツイよ、上級防御なんて」
学園の生徒で使えるのは私くらいだろう。
「大丈夫ですよ、死なない程度に
「君、だんだんシリルに似てきた?」
何それ嬉しい。
「ちなみにシリル、この件に関してはかなりご立腹でねぇ……、死をもって償わせるとか最初は言ってたんだよ」
その時のことを思い出して遠い目をするフォース学園長。
先生……えげつない。
「まあ、頑張ってしごいてね」
そう言って私の肩にポンと手をやると、「上がろうか、君も午前の授業は置いといて、食事に行ってきなさい」と言いながら先に階段を上がり始めた。
そうか、私まだ朝ごはんすら食べてない。
「はーい」
螺旋階段に反響させながら言うと、私も学園長の後をすぐに追った。
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