トラウマ

 

 午後の授業からセレーネさんが復帰して最初はクラスメイト達の心配の声に居心地悪そうにしていた彼女だけれど、実践授業ではこれまでにないほどに集中して真剣に取り組んでいた。

 雷担当はレイヴンなので、彼にも事情を話して、上級魔法習得用の課題を与えてもらっている。


 それに加えて、私は早朝にセレーネさんの個人授業を手伝うことになった。

 本当は夜の方が早起きしなくても良いし嬉しいんだけど、夜は先生と二人きりの修行がある。

 あれを私から取り上げたら私、多分発狂する。

 毎日は私もキツいので、3日に1回という頻度だ。


 そんな忙しい毎日が始まって──。



「はぁぁぁっ!!」

 クレアの目の前に透明な光の壁が出現する。

 光魔法の防御壁だ。

 今は実践向き魔法の授業中。

 防御を制するものは戦いを制する。

 防御壁は防御魔法の基礎なので、まずはそこから順にマスターしていく必要がある。


 何人かはすでに防御壁を出すことができるようになったものの、まだまだ持続しない。

 目の前だけでなく、最低でもドーム化させてすっぽりと自分を防御魔法で包めるぐらいにはなってほしいと思っているんだけど、なかなか難しい。

 私も防御魔法習得は苦労したのよね。


 チラリとレイヴンコーナーを見れば、マローが自分の目の前に炎の壁を出しているところだった。

 マローは元々魔力が強いから、持続時間に関しては問題なさそう。


「よし!! マロー、そのままその炎を広げて、自分を包むイメージで力を送れ!!」

「は、はい!!」

 レイヴンが言うと、マローは炎を保ったまま、言われたように自身を包み込むようにして炎を広げていく。


 刹那──。


「っ!! うあぁぁぁっ!!」

 叫び声をあげ、マローはその場にうずくまってしまった。


「マロー!!」

 レイヴンがすぐに彼に駆け寄る。

 炎はすぐにマロー自身が消したようだけれど、彼はうずくまったまま動かない。


「す、すみません……俺……」

「大丈夫だ。一回ですぐにできるもんじゃねぇんだから、気にすんな」

 そう言って落ち着かせるようにニカッと笑うレイヴンに、マローが力なく笑って返す。


「よーし、今日はここまでだ!! 皆、夕食しっかり食って、明日に備えろよー」


 レイヴンの声に、それまで集中して授業を受けていたクラスメイト達が一斉に張り詰めた息を抜き、訓練場からぞろぞろと列をなして出ていく。


「マロー、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、ラウル、すまん」

「マロー、怪我はないですか?」

 私もマローとラウルのところへと駆け寄る。

 見たところ怪我はなさそうだけど……、多分、すぐに魔力を制御して炎を消したから大事にはならなかったんだろう。


「おう、大丈夫だ。ありがとな、ヒメ。……ちょっと最初の授業のことを思い出しちまってさ」

「初授業……」


 マローが魔力暴走した時のことか。

 炎に包まれたあの時の状況と、今自分で炎のドームに覆われた時の状況がクロスしちゃったんだ。

 マローの中に、無意識な恐怖心があるのかもしれない。


「あんた、結構派手にやったもんね、あの時」

 クレアがマローに向かって、持っていたタオルを投げる。

「あぁ。ヒメとレイヴン先生が助けてくれなかったらって思ったら、今でもゾッとする」

 受け取ったタオルで汗を拭きながら息をつくマロー。

「雷や炎って、少し怖いですものね」

 メルヴィが頬に手を立てて苦笑いする。


「まぁな……ここにきてスランプかぁー。いい感じに壁が出来てきたと思ったのになぁー」

 悔しそうに足を投げ出して芝生の上に座り込むマロー。


「ゆっくりでいいんですよ。トラウマって、なかなか乗り越えるの難しいですし、経験上あまり意識しすぎてもうまくいきませんからね」

「ヒメにもあるのか? そういうの」

 マローが意外そうに私を見上げて、私は苦笑いしながら彼に「ありますよ」と続けた。


「私が炎魔法を普段あまり使わないのは、怖いからです。……私の両親は、炎に包まれて死にましたから」


 私の告白にはっと息をのむクレア達。

 そういえば、この子達に自分のことを話すのは初めてかもしれない。


「その時私もその場にいましたが、3歳だったのであまり覚えていません。でも、無意識に炎を恐れている自分がいます。それはきっと、私の中でトラウマのようなものになっているからでしょう。最初はそれでもやってやろうって思ってたんですけど、やればやるほど怖くて……。なので、もう諦めて、極力使わないようにしているんです。心身の平和のためにも。まぁもちろん、上級まで頑張って習得しましたけどね!!」


 やらなければならないもののために。

 素養があるのなら限界まで鍛え上げる。

 ただちょっと、他の魔法よりは時間がかかってしまったけれど。


 言うことを言ってから彼らを見ると、深刻な顔をしたクレア達が目に飛び込んできた。

 え、何で?

 私何かまずいこと言った!?


「ヒメ……あんた……そんなことが……?」

「なのにあの時、俺のこと助けに炎の中まで来てくれたのか……?」

 クレアとマローの目が潤んでる。

 ラウルとメルヴィも唇をキュッと結んで私の方を見つめている。


「え、えっとそんな深刻にならなくて大丈夫ですよ? その時のこと、あまり覚えてないですし!! とにかく、焦らずに自分のペースで、少しずつやっていきましょう。大丈夫です!! いざとなったらセレーネさんが身を挺して守ってくれます!!」


「あんたって……本当、時々この上なくえげつないわね」

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