先生は紛れもなく男でした



 夜になって私は先生と久しぶりの修行をするため、聖域へと来ていた。


 過去ではシリル君と毎晩ここに来て修行していたけれど、先生とは久しぶりの二人きりの修行。

 もう二人きりってだけでテンション爆上げよね!!


 ──シュン──ッ!!


 考えている間にも容赦なく氷の刃が飛んでくる。



「わわっ!!」

 すんでのところでそれを避け、バランスを崩した体勢を素早く立て直す。

「修行の最中に考え事とは、随分と余裕だな?」


 言いながらも先生は氷魔法を私に向けて放ち続ける。

 手加減とはなんぞ!?


「わっ!! ちょっ!! まっ!!」


 放たれる氷を左右上下に避け、愛刀で打ち払いながら私は何とか間合いを詰めていく。

 そして私は一気に飛び上がると、月明りを映し白く光る刀を先生目掛けて振り下ろした──!!


 キィィィイン──!!


 振り下ろした私の刀は、素早く抜きあげた先生の剣によっていとも簡単に止められてしまい、私は先生の剣の力で弾き飛ばされてしまった。


 ドサッ──!! 「イテッ!!」

 桜の木の根元へと尻餅をつく私。


 やっぱり力じゃなかなか先生には勝てない。

 魔力は超えても、男女差や経験、技術の差はなかなか埋められるものではない。


「大丈夫か?」

 先生が私に向けて手を差し出してくれる。

「は、はい。なんとか」

 私はその手を掴もうとするも、刀から伝わった衝撃で痺れてなかなか手が思うように上がらない。


「……悪かった。つい、加減を忘れていた」

 言いながら私の刀を腰元のさやへと戻し、私を横抱きにして抱き上げた先生。


 は!?

 え、何でお姫様抱っこ!?

 突然の先生の行動に口をパクパクさせながら落ち着きなくオロオロとする私に、先生はふっと薄く笑って「部屋までおとなしくしていなさい」と言うと、そのまま歩き出してしまった。


 はい!?

 せ、先生、熱でもあるんじゃ……。

 甘くないですか先生!?


 前はその状態で放置はなくとも、荷物を小脇に抱えるがごとく抱えられてたのに……。

 と幼女期の過酷な修行時代を思い出す。


 こんな柔らかい表情でお姫様抱っこなんて……。

 私、夢でも見てるのかな?

 あの堅物騎士団長がこんな……はっ!! これは実はシリル君だったり!?


 ──と思ったけれど、視線のすぐそこに見える一つに束ねた長い銀髪が、それは違うと告げている。



 しんと静まり返った夜のグローリス学園を、カツカツという一つの硬い足音だけが木霊する。


「あ、あの、もう痺れも取れましたし、降ろしてもらっても……」

「大丈夫だ。もうじき着く」


 4階までの階段を登り終えて、まっすぐ奥へと突き進む。


「は、はい……。……ぁ、そうか、私、姫君プリンシアですもんね!! 怪我とか、心配ですもんね、姫君だし」


 そうだこれだ。

 かつての婚約者候補として姫君プリンシアが心配なだけだ。

 うん、まぁそうよね。

 一人落ち込んでいると、先生は瞳を大きく見開いて私を見下ろして立ち止まった。


「……そういえばそうだったな」

 …………はい?

「え、どういう……」

「すまない。そのことは……すっかり忘れていた」


 何ですとーーーー!?

 あ、あんなに生きていたことを喜んでいたのに!?

 ずっと気にしてた姫君プリンシアなのに!?

 わ・す・れ・て・た!?


「だがそもそも、君だって私のことを覚えていないだろう? 君は姫君プリンシアではあるが、ヒメ・カンザキでもある。もちろん公の場では弁えるだろうが、君は君だ。私がそれで態度を変えるということはない」


 そういうと先生は、また部屋へ向かって歩き出す。


 紡がれた言葉が心に染み込んでいく。

 嬉しくて、嬉しすぎて、どうにかなってしまいそう。


 部屋のドアを開け、先生が私を連れて入室する。

 私の大好きな先生の部屋。


「あ、そういえば今日、久しぶりにジオルド君に会いましたよ!! 男は狼だ!! 兄上も“一応”男だから気をつけろって。ふふ、相変わらずの小姑ぶりで、何だか安心しました」

「……」


「でもおかしいですよね、先生に限ってそんな心配いらないのに──」


 ドサッ──。


「へ?」

「……」


 無言のまま私が降ろされたのは、部屋の隅の先生のベッドの上。

 ゆっくりとマットに沈んでいく私の身体。

 そして無表情な先生の顔が、そんな私のすぐ上を陣取る。


 私は今──私の最推し、堅物騎士団長に押し倒されている。



「心配、いらないか?」

「っ……!?」


 恐ろしく美しい顔がすごく至近距離で私を見下ろし、どこか熱を孕んだ声に、私は思わず息を呑む。


「君が帰ってきて、君の話を聞いて、私の中の引っ掛かりが少し外れたようだ。今まで色々と気にしすぎていたことがバカらしくなるほどにな」


「えっ……と……、先生?」


「だから私も、これからは遠慮はしない。私も“一応”男、らしいからな」

「〜〜っ!!」


 目元はいつもの鋭い視線のまま、口角を上げわずかに笑みを向けてそう言うと、すぐに先生は私の上から起き上がり、乱れた漆黒のマントを直してから、今入ってきたばかりの扉の方へと歩き始めた。


「私はこれからフォース学園長と大司教と会議がある。君は風呂にでも入ってゆっくり温まってからねなさい」


 先生は私を振り返ることなくそう言い残して、スタスタと部屋を出て行った。



「え……なに……今の……どう言うこと!?」


 そんな私の声だけが、答えの返ることのない静かな部屋へと響き渡るのだった。

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