義兄妹の語らい



「わっ!!」

「ひゃっ!? ご、ごめんなさい!!」


 アレンの部屋から出たところで、ちょうど図書室から出てきた生徒とぶつかりそうになった私は、すぐに相手へと頭を下げて謝る。


 アレンが少しでも元気になったのが嬉しくて、つい周り見てなかったわ。

 危ない危ない。


「いや、こっちこそ……って、ヒメ?」

 頭を下げる私の頭上から聞き覚えのある声が降ってきて、私はすぐに顔を上げた。


「ジオルド君!!」


 私がぶつかりそうになったのは、いつもの不機嫌そうな表情ではなく、心底驚いたような表情で私を見下ろす、ブロンドの髪と灰色の瞳の少年──ジオルド君だった。


 久しぶりに見るジオルド君は、何だか少し疲れているようにも見える。

 私がいなかった分、騎士団の手伝いで忙しかったのかな。


「お前、自分探しの旅に出たって聞いてたけど、帰ってきたのか?」

「自分探し!?」

 思わず声をあげる私に、「違うのか?」と返すジオルド君。


「いやまぁ、あってると言えばあってる……けど……。誰が言ってたんですか?」

 まぁどうせレイヴンか学園長あたりが適当に言ったんだろうけど。


「兄上だ」

「ぶふぅぅぅっ!!!!」

 息を吸った瞬間のまさかの人物の名に、私は思い切り吸った息を一緒に吐き出す。


「せ、先生が!?」

 あの堅物偏屈陰キャ騎士団長が!?

 ……忙しすぎて適当にあしらったな……。


「まぁ、何はともあれ、無事ならいい」


 そう言ってジオルド君は、表情を緩めて私の頭にポンっと手を置いた。

 こういう時のジオルド君、すごくお兄ちゃんの顔をしているから、私が姉ポジだと主張できなくなっちゃうのよね……。


「僕は食堂にいくけど、ヒメは?」

「私は先生と夕食を取る約束をしているので、中庭で待ち合わせてます」

「ん。なら途中まで一緒に行くか」

「はい!!」


 途中の中庭まで一緒に行くことになった私たちは、長い廊下を並んで歩く。


 今のジオルド君ぐらいだったよね、シリル君の身長って。

 ということは、ジオルド君もあと五年もしたらもっと伸びるのかぁ……。

 ……絶対モテる。

 今ですらモテるんだから、更にモテるのは間違いない。


「アレン伯爵の部屋にいたのか? 二人きりで?」

「病人を治してただけですよ」

「でも寝室に二人きりなんて、淑女として──」

「だ、大丈夫でしたよ? だってアレンですし!! レオンティウス様やレイヴンとは違います!!」


 レオンティウス様やレイヴンの部屋に一人で行こうとは思わない。

 絶対に。

 無事に帰って来れる気がしない。


「あいつらよりはマシだろうが、それでもアレンだって男だ。気をつけろ」

 ジオルド君はいいながら自然な流れで私の手を取り、階段をエスコートしてくれる。


 行動が紳士!!

 お姉さん、こんな紳士に成長してくれて嬉しい……!!

 シルヴァ様も草葉の陰から喜んでいるだろうよ。


「はーい。心配性なお兄ちゃんですね、ジオルド君は」

 揶揄うように言うと、ジオルド君はじとっとした目で私を見てから、「忘れているかもしれないが──」と続ける。


「兄上だって“一応”男だからな!?」


 なぜ“一応”を強調した!?


「わ、わかってますよ?」

「兄上に限って、ないとは思いたいが……、同じ部屋なんだ、気をつけておけ」


 そういうとジオルド君は、私のおでこに向けてデコピンを一発お見舞いする。


「いたっ!! む〜、はいはい、わかりましたってば。まぁ、先生に限ってないでしょうけど……」


 どうせ私のことは保護対象の元幼女くらいの感覚でいるだろうし、先生が私を襲うなんてありえない。

 あぁ……なんか、言ってて悲しくなってきた。


「肝に銘じておけ。男は皆狼だ。はい、復唱」

「お、男は皆狼だ?」


 私がジオルド君の言葉を復唱すると、彼は「ふん、まぁいいだろう」と満足げに頷いた。


「ジオルド君だって、男の子でしょう? 狼じゃないですか」

 私がさっきのデコピンのお返しとばかりに言い返すと、ジオルド君は一瞬言葉を詰まらせてから口を開いた。


「僕は……お前の兄だ。だから……、大丈夫だ」


 何だそりゃ。


 ジオルド君の無理のある持論に苦笑いをしながら、私はジオルド君と久しぶりの義兄妹の語らいを楽しむのだった。

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