【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の解放



 カンザキが帰ってきて三日目。


 久しぶりの稽古ながら腕の鈍っていない様子に、私もつい本気で返してしまった。

 剣から伝わる痺れに、力を入れることのできない彼女を抱き上げ、部屋へと運ぶと彼女は、

「は、はい……。……ぁ、そうか、私、姫君プリンシアですもんね!! 怪我とか、心配ですもんね、姫君だし」と言い放った。


 あぁ、そうか。

 告げられてすぐにもかかわらず、彼女が姫君プリンシアであるという認識については全くと言って良いほど意識をしていなかった。

 彼女が何者か気にならないくらい、すでに彼女自身のことを想っていた自分に眉を顰める。


 弁えた方がいいのだろうが、今更態度を変える気もないし、彼女もそれを望んではいない。

 むしろ態度を変えてしまえば、彼女を深く傷つけるであろうことは容易に想像できる。


 私が彼女を抱えたまま自室に戻ると、彼女はジオルドと会って言われたことを私に話した。

 ジオルドのやつ、余計なことを……。


 だがその後彼女から出た言葉に、私の中の何かがプチンと切れたようだった。


「でもおかしいですよね、先生に限ってそんな心配いらないのに──」


 私に限って……か。


 次の瞬間、私は彼女を自身のベッドへと下ろすと、彼女の華奢な身体に覆い被さり、押し倒していた。


 驚きに見開かれる桜色の瞳に思わず吸い込まれそうになるも、その衝動を何とか堪える。



 彼女が姫君プリンシアであるとわかって、心の底からこの奇跡に感謝した。


 生きていた──。

 私の大切な、初恋の女性が。

 そして、いつからか思いを寄せはじめた彼女が、まさにその人物だった。

 ずっと思ってきた姫君プリンシアが、5年間共に過ごしてきたカンザキであったのは、自分の中で驚くほどしっかりと馴染んでいる。


 私は、同じ人物を2度、愛したということか……。


 彼女が生きていたという事実で、一つ、私を縛っていたものが外れ、心が解放されたように思えた。


 私が幼馴染を殺めたことには変わりない。

 その苦念は今でも残る。。

 それでも、私がしようとしていたことは、今は私だけの計画ではない。

 彼女がいてくれる。

 そのことが私のかせをまた一つ壊しかけ、自制心や理性というものを脆くする。


 ……怖がらせてしまっただろうか?

 今更ながらに部屋に置いてきたカンザキのことが気になってきた。


「──ではクロスフォード騎士団長どの、3公爵家は姫君プリンシア──ヒメ様をお支えしていくと、その意向でよろしいのじゃな?」

 大司教が心なしか嬉しそうに確認を問いかける。


「あぁ。すでにレイヴン、レオンティウスは、騎士の誓いを行なっている。側近として仕えることになるだろう」

「あれ、シリルは?」

 誓わないの? とキョトンとした表情で聞いてくる一見無垢な少年──中身はどす黒い2000歳を超えたタヌキじじ……エルフ──フォース学園長。


「──誓う……つもりではいる。だが、タイミングというものがある」


 女性の扱いや女性の思いを汲んでやることが苦手な私は、初めてのダンスのパートナーの誘いもジオルドの助言なしでは満足にしてやれなかったし、カナレア祭へ行く際も結局はフォース学園長の計らいがなければ一緒に回ってやることもできなかっただろう。


 だから今度こそ、きちんと自分自身で考え、行動し、彼女に騎士の誓いを行いたい。


「あぁ、プロポーズ?」

「違う」

 なにを言ってるんだこのタヌキは。


「じゃが、彼女の婚約者もいずれは決めねばなるまいて。次代へ繋げるためにも。あなたが1番、近いのではないかの? 騎士団長殿?」


「……」


 確かにそうだ。

 私の結婚相手として釣り合いが取れるのは、聖女か王族ぐらいだ。

 中でも、かつて姫君プリンシアとの婚約がすでに決まろうとしていたことから、私が最有力だろう。

 だが……。


「慎重に決めるべきだ。彼女の意向、そして情勢も組んで……。私はただ、その時の判断に従うのみ」


 このような世界情勢だ。

 もしかしたら、他国の王族との話が出る可能性もある。

 私一人の気持ちを優先にはできない。


 が……私もみすみすくれてやる気はないがな。



「ふーん……。まぁそうかもね。未来なんてどうなるかは、誰にもわからないものだ」

 そう言ってちらとデスクの写真に目をやるフォース学園長。


 ロイド国王とリーシャ王妃の写真。


 机の上にあるそれを見るときの彼の表情は、いつも驚くほど穏やかだ。


「では、姫君プリンシアが王位を継がれるという周知を、まずは元老院、騎士団内に公表し、のちに貴族、一般へと公開、ということでよろしいですな?」


「あぁ、異論はない」

 私が頷くと、大司教は「わかりました。ではそのように」と頭を垂れた。


「それでは私はこれで失礼しましょうかの。学園長、クロスフォード騎士団長、失礼」

 そう言って大司教は、学園長室からゆらりと出ていた。


「私も失礼する」

「ぁ、シリル」

 きびすを返した私をフォース学園長が呼び止める。


「ヒメのこと、よろしくね」

 何のことかと思えば……。

 そんなのわかりきったことだ。


「あぁ……わかっている」

 短い会話を終わらせて、私はもう彼女も自室で眠ったであろう、自分の部屋へと戻った。



 ────が……。



「すー……」


 なぜここで寝ている小娘!!


 私のベッドがこんもりと盛り上がり、布団から気持ちよさそうに眠るカンザキの顔が……。


 なぜここにいる。

 夜着に着替えているということは、あのまま寝落ちしたわけではないようだが……。


 どうしたものかと考えていると、もぞりと彼女が寝返りを打ち、その瞬間溢れ出た言葉に、私は動けなくなった。


「ん〜……シリル君──しゅきです……」


「!?」


 シリル……君?

 シリルは私だが……。。

 一体どういう……。


 戸惑い立ち尽くす私の脳裏に、彼女がいなくなった際に学園長に言われた言葉がよみがえる。


『あの子は出会わなければならない。──君にね』



 ──そうだ。確かそう言っていた。


 ということは、過去で彼女は、父だけでなく私にも会っていた?


 なぜ私に記憶が反映されない?

 考えたところで一つの可能性にたどり着く。

 ──忘却魔法。

 フォース学園長ならあり得る。


 思い出されるのは彼女が帰ってきた三日前の、無意識に自身の唇に触れ幸せそうに微笑んだカンザキの表情。

 過去に行って学園のこの部屋で過ごしながら、毎日私の父上と話をした、と言っていた。


 彼女が一緒に過ごしたという男は父上かと勝手に思い込んでいたが、まさか──私と?


 先ほどの寝言から、妙に期待してしまう自分に気づいて、首を横に振るう。


 まぁいい。

 覚えていないなら、また新しく作るまでだ。


「良い夢を──」


 そう言って私は一人、シャワールームへと消えるのだった。

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