騎士の誓い



 その日の夜。

 私、先生、レンティウス様、そしてレイヴンは、聖域に揃っていた。


 私は先生に助けられつつも、二人に自分の出生、そして生き延びた理由を話した。

 二人とも真剣に話を聞き、私が瞳の色を変えてみせると、驚いて言葉を失っていた。


「つまりヒメは正真正銘の王族で、王位を継ぐことになった──ってことか?」


 明るい茶色の髪をガシガシと乱しながら、レイヴンが言葉に出して確認する。


「です。王族がることできっと、先生の抑止力にもなる。王族不在を疑う人を黙らせることもできるし公爵家の負担も減る。何より、国民の心の拠り所にもなります」


「まぁそりゃそうだけどよ……。ったく突然いなくなって突然帰ってきたと思えば、随分な展開持ってきやがって……」


「図らずしもあんたは王族に騎士の誓いをしてたってことね。野生の勘ってやつかしら?」

 半笑いを浮かべながらレオンティウス様がレイヴンを揶揄う。

 ごめんレイヴン、私もそう思った。


「うるせ。偶然だ偶然。俺はこいつだから誓いをしたんだ。王族なんぞ知るか」


 レイヴンのこう言うところ、好きだな。

 女性から人気なのも頷ける。

 まぁ私は先生一筋だけれど。


「姫、俺はこれからもヒメ・カンザキに誓いを立てる。俺が誓うのは国のためじゃねぇ。お前への恩義のためだ」


 琥珀色の鋭い瞳が真っ直ぐに私に向かう。

 レイヴンは本当、いつも無意識に何でもないように私が求める言葉を紡いでくれる。

 これが百戦錬磨の男の力か……!!


「ありがとうございます、レイヴン。これからもよろしくお願いします」

 そう言ってふにゃりと微笑めば「おう、任せとけ」と心強い答えが返ってきた。


「ヒメ。手、貸して」

 そう言って手を伸ばしたレオンティウス様に、私は右手を差し出す。

 差し出したその手をレオンティウス様の白い指先がさらうと、彼はそのままその場にひざまずいた。


 白いマントにプラチナブロンドの綺麗な長髪。

 まるで絵本の中の王子様のようなレオンティウス様は、そのままの状態で私を見上げ、ニヤリと僅かに口角を上げると手に取った私の指先へと口付けた。


「!?」

「レオンティウス!!」

 驚きに手を引こうとするも、レオンティウス様の手はそれを許してくれない。


「私、セイレ騎士団副騎士団長レオンティウス・クリンテッドは、ヒメ・カンザキに生涯変わらぬ忠誠を誓う──!!」


 高らかに宣言された瞬間指先から眩い光が溢れた。


 五年前、レイヴンにされたものと同じ──騎士の誓いだ──。


 光は聖域一体に広がると、やがてゆっくりと夜の闇に溶けた。

 レオンティウス様はそれを見届けるとゆっくりと立ち上がり悪戯っぽく笑った。


「これで私も、あんたのモノね?」

「語弊!!」


「ふふ、よろしくね、可愛い我が従妹いとこ殿」


 ……まじか。

 呆然としながらも、先ほど口付けられた自分の手を見る。

 二人の騎士の人生を握ってしまった……!!


「揃いも揃って、そんな簡単に……」

 ため息をつきながら頭を抱える先生にレオンティウス様は見せつけるように私抱き寄せてから、ニヤリと笑った。


「あら、簡単じゃないわよぉ。彼女は、私にとって大切な存在だからしたの。ヒメとしても、従妹としても、一人の女の子としてもね。うかうかしてと、横から掻っ攫っていっちゃうんだからね?」


 挑発するように言うレオンティウス様の一方で、険悪な表情で彼を睨みつける先生。

 な、なに?

 何でそんなにレオンティウス様楽しそうなの!!?

 そして何でそんなに先生は不機嫌なの!?


「……っ……まぁいい。3公爵家ともにカンザキの──姫君プリンシアの力となっていく。これで相違ないな?」

「えぇ」「あぁ」


 レオンティウス様とレイヴンが返事を返すと、それを確認してから先生は続ける。


「戴冠式や姫君プリンシアの王位継承の周知に関してはフォース学園長や大司教と話し合い、クリンテッド公爵、シード公爵とも連携を取らねばならん。だがまぁ、王位継承の周知だけは先に行った方がいいだろう。グレミア公国や周辺諸国への牽制にもなる」


 姫君プリンシアが王になることを周知すれば王族の存在をアピールすることもできるし、この世界で最も力を持つセイレ王家の存在が知れ渡れば、周辺諸国への牽制にも繋がる。

 これで戦争を回避できるなら、それに越したことはない。


「そうね。とりあえず父には明日、一度屋敷へ戻って伝えるわ。可愛い姪っ子の生存だもの。お喜びになるわ」

 そう言って私に優しい眼差しを向けるレオンティウス様。


 そうか。

 私のおじさんになるのよねクリンテッド公爵。

 親戚か……。

 今までそんな人いなかったから、何だかくすぐったい。


「俺も明日にでも親父に話しとくわ。とりあえずはここまでの話に留めた方が良いんだろ?」

「あぁ。私はフォース学園長と大司教に話をしておく。そのあと一度、事情を知る者達のみで会議をし、他の貴族達、国民に諸々の周知をしていく方向で進めよう」

「わかった」

「了解よ」


 すごい。

 あっという間に今後のことが決まっちゃった。

 さすが騎士団のトップ3。

 情報伝達と理解がスムーズだ。


「カンザキ、君は明日から何食わぬ顔をして授業に出ていなさい。心配していた者もいる。……鬱陶しいほどにな」


 苦々しい表情を浮かべて先生が言って、レイヴンが「あぁ……」と思い出したようにこぼす。

 レオンティウス様は心当たりがあるのかバツが悪そうに視線を逸らしているし……。


 誰と何があったんだ、一体。


「まぁ、あんたがいなくなったことで1番普通に過ごしてたのはレイヴンくらいよ」

「レイヴンが?」


 意外すぎる。

 だってレイヴンだよ!?

 1番騒ぎ出しそうなヴンが1番冷静とか……ギャップ萌えか。


「でもなんで……?」

 私がたずねると、レイヴンはやれやれと頬を指で掻きながら口を開いた。


「騎士の誓いでお前が危険に陥った時は魔力反応が出るんだよ。それがなかったってことは、危険じゃないってことだからな」


 何それ騎士の誓い、便利……!!


「それに……」

「それに?」


 今度は私の目をしっかりと見据え

「前に誓ったろ? 『お前がいなくなったとしても、俺が探して見つけ出してやる』って。見つける自信があったから、俺はいつも通り、今自分がすべきことをやってたんだよ。だから安心してまた家出でもなんでもしちまえ」


 そう言ってガシガシと私の頭を乱雑に撫でるレイヴンは、やっぱりとってもかっこいい私の騎士だった。

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