子どもたちの覚悟



「リボンよーし!! マント飾りよーし!! ハンカチよーし!! 剣……なぁぁぁぁぁい!!」

「うるさい!!」


 バシンッ!!


 鏡の前で身支度を確認していた私の側頭部に、分厚い本のハリセンが容赦なく飛んでくる。

 地味に痛い……。

 私が姫君プリンシアだと知ってもなお、これをしてくれる先生には感謝しかないけれど、さすがにその分厚いのは凶器になるのでやめてほしい。

 ──私の頭皮のためにも。


「痛いですよぉ、先生」

「朝から鏡の前で一人ぶつぶつ言っているからだ。もう1時間そこにいることに早く気づくことだな」


 え、そんなに!?

 今日は久々の授業。

 と言っても、一限目はレイヴンが一度実家に帰るから休講らしいので、私もゆっくりと支度ができている。

 聞けばクレアを筆頭に、メルヴィやジオルド君、マロー、アステル、ラウルも心配してくれていたみたいだし、早く会って安心させてあげないと。


「これを」

 短い言葉とともに先生が差し出してきたのは、過去に行く時に落とした私の愛刀。

 先生が持っていてくれたんだ……。


「ありがとうございます」

 私はふにゃりと笑ってそれを受け取り、腰の剣帯ホルダーへと掛ける。


 リリン──と鳴る鈴の音を確かめてから、私はそっとつばを撫でた。

 うん、やっぱりこれがあるとしっくりくる。


「そろそろ朝食に行くぞ」

「へ? でも先生……」

 長期休暇以外、学園の生徒たちがいる間は立場的に一緒に朝は食事をしたりしなかったのに。

 それどころか、生徒たちと時間をずらして一緒に食べていた夕食すらも、最近では多忙すぎて一緒に食べられなかったのに。


 私が言いたいことが伝わったのか、先生はバツの悪そうな顔をしてから視線を逸らして口を開いた。


「……今朝だけだ。今日は二年は早朝から騎士団の魔物退治に加わっているからいないし、一年もこの時間ならばすでに食べ終えているだろうからな」


 あ、なるほど。

 確かにこの時間なら食べている人も少なそう。


「それと──ここのところ共に食事を摂ることもできず、すまなかった。夕食は基本的には共に食事できるよう、少し仕事をセーブする」


 小さく発せられた言葉に、私は嬉しさで抱きつきたい衝動を堪え、ふにゃりと笑って「嬉しいです」と返した。

 気づいてくれたんだ、私が寂しかったこと。

 私のこと、ちゃんと考えてくれたんだ。

 すごく嬉しい。


「よし!! じゃ、早速行きましょ、先生」

 私は先生の手を取ると、先生を引っ張るようにして食堂に行き、ほぼ誰もいない食堂で二人、食事を楽しんだのだった。





 レイヴン不在により2限目からの授業だった私はドキドキしながらも教室のドアを開ける。


 私が教室に入った瞬間、溢れていた音がそこから消えた。

 たくさんの目が私に集中する。

 育ての父と母が死んで、初めて学校に行った日もこんな感じだった。

 そしてそれに耐えられなかった私は、一人を選んだ。


 なんて言って入れば良いんだろう?

 私が教室の出入り口で迷っていると──。


「ヒメ!!」


 よく通る芯のある声が、しんと静まり返った教室に響きそれと同時に私の身体に衝撃が走った。


「クレア」

「どこ行ってたのよあんた!!! 心配したのよ!?」


 目にいっぱい涙を浮かべて私を睨みつけるクレア。

 あぁ、そうか。

 クレアはあの日、私と会ったきり……。

 心配もするか……。

 あんな事件の後だもんね。


「ちょっと、旅に出ていまして……心配かけてしまってごめんなさい、クレア」

「本当よ!! あんなことがあった後でいなくなるなんて!!」

「クレア、そのことは──」

 グレミア公国も公国も関わっていることだ。

 ここで話すような話ではない。

 私が止めよううとするとクレアの声がそれを遮った。


「何があったかなんて皆知ってる!! あんたがグレミア公国に捕まった私たちを助けてくれたってことぐらい……皆!!」


 声をあげるクレア越しに、私はクラス全体を見渡すと全員が真剣な表情でこちらを見ている。

 いつもは貴族女性然りといった様子で遠巻きにヒソヒソグループを作って話している彼女たちも、まるで人が変わったかのように真剣な眼差し。

 そこに一人だけ姿がないことに気づいた私は「セレーネさんは?」と小声でクレアに尋ねる。


「……療養中という名の、謹慎よ」

 彼女もまた、他の皆には聞き取れないくらいの小さな声でそう答えた。


 なるほど。

 原因になったセレーネさんのことはとりあえず有耶無耶に、グレミア公国に捕まった彼女たちを私が助けた、ここまでが知られているってことね。


「ヒメ、私たちだって、あんなにグローリアスや騎士団が動いていれば何かあったということぐらい気付きますわ」

 メルヴィが静かに話し出す。


「だからクロスフォード先生にお願いしましたの。友達が関わっているのならば、私たちにも知る権利があると。そうしたら、クレアとセレーネさんがグレミア公国に捕まり、ヒメが助けた、ということを教えてくれましたわ。今のグレミア公国との状態も……これから起こるであろう戦いの可能性を……」


「だからな、俺たち皆、考えたんだ。俺たちも強くなる、って」

「っ!!」


 ニッと笑って放たれたマローの力強い言葉に私は驚き言葉を失った。


「ヒメやジオルド様、騎士団や先生たちが私たちを守ろうと必死で動いてくれてるのに、何も知らずに、ただ毎日のんびりと生きているのは嫌なのよ。私たちも自分の身は自分で守れるくらいには強くならなきゃ、って」


 クレアもメルヴィもマローも、他の皆も真剣な眼差しで私を見ている。

 あぁ……、本気だ。


 子どもだから何も知らなくていい。

 ただ守られていればいい。

 そんなのこの子達は望んでいない。

 自分自身を、自分自身で守るための力を欲している。

 そして、何が起こったのか、何が起ころうとしているのかを知ろうとしている。


 大人たちがどんなに守ろうとしていても、子どもたちはいつまでも子どもじゃないんだ。

 それを考えるきっかけを与えるために、先生はあえて事件の事を……グレミア公国のことを教えたんだ。


「そーそー、こいつらの熱意にやられて、今実践向き魔法をスパルタで教え始めたところだ」


 突然に背後から声がかかり振り返るとレイヴンがすぐそこに立っていた。


「レイヴン……」

「つっても俺一人でじっくり見てやるにも限界があるんでな。お前、半分教えるの手伝え」


 面倒くさそうに言いながら、それでもどこか嬉しそう笑いながら、レイヴンが私の肩をトンっと叩いた。


「はい!! 先生のスパルタに耐えきった私の修行は、厳しいですよ?」

 そう言って私は、覚悟を決めた彼女たちに笑顔を向けた。


 私の知識と経験、力が役に立つなら。

 先生やレイヴンたちに教わったものを、今度はこの子達に教えよう。


 もしもの時、誰一人として死なせないために──。

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