私と彼の1週間ー7日目ーフォース学園長へのお願いー


「お別れは済んだかい?」


 聖域を出てグローリアスの敷地へと戻ると、校舎前で大人姿のフォース学園長が、柱にもたれて私を待ち構えるように立っていた。


「はい、フォース学園長。あの日、シルヴァ様と出会わせてくれて、ありがとうございました」


 あの日。

 きっかけは暇を持て余した私が学園長室を訪れたことだったけど、きっとそれだけじゃない。

 彼は見通していたんだと思う。

 私が学園長室を訪れること。

 だからシルヴァ様と会わせようとした。

 来客中なのにも関わらず、すぐに私を通したのだから。


「未来の僕は必要最低限の情報を、君のこちらへの転移とともに寄越してきたからね。君が姫君プリンシアだということは、最初からわかっていたんだ。だから、シルヴァには会わせておきたかった。シルヴァはあの事件で心を痛めていたうちの一人だからね。護衛騎士であるのに守ることができなかった、と……」


 たくさんの人の心に傷を負わせた事件。

 フォース学園長、ジゼル先生、パルテ先生、レオンティウス様、それに先生、シルヴァ様──。

 皆それぞれの思いを抱えながら生きてきたんだ。

 そんな彼らに恥じない私でいないと、って思う。


「フォース学園長、私──」

「決めたんだね?」

「……はい」


 返された言葉に肯定の意を示すとフォース学園長は深緑の瞳を細めて私ににこりと笑った。


「この時代は、少しは君の助けになったかな?」

 問われた言葉に、私は大きく頷く。


 ここに来てよかった。

 なんだかとってもスッキリしたもの。

 いつの間にか私を惑わす声の夢も見なくなって、毎日を楽しく過ごすことができた。


 きっと、離れることは逃げることじゃないのよね。

 離れたからこそ見えてきたものがたくさんあるから。


「ならよかった。ヒメ、君が帰った後のことだけど──」

「記憶を──消去するんですよね?」


 シルヴァ様が言っていた。

 関わった人たちの記憶は消すつもりだろうって。


 フォース学園長ならそうするだろう、と、私もそのつもりでいた。

 でなければ、未来は色々と変わってしまうだろうから。

 私たちが気づくんだ。

 それに気づかない学園長ではない。


 「あぁ、わかっていたのか。そうだね、そのつもりだよ。未来を変える干渉はさせるべきではないからね。僕と君以外の全ての人の記憶は消去させてもらうよ」


 やっぱり。

 ここでのことをシリル君達が覚えていないことは少しだけ寂しいけれど、仕方がない。

 今未来を大きく変えてしまえば、私がこれからしようとしていること、これから起こる出来事に深く影響を与えてしまう可能性だってあるんだから。


 でも──。



「わかりました。でも一つだけ、お願いがあります」

 私はフォース学園長をまっすぐに見つめた。


「お願い?」

「はい。シリル君は、この数日たくさん努力して、魔法剣を使う際の魔力制御のコツを掴みました」

 日中の授業だけでなく、たびたび駆り出される魔物退治に疲れていたはずなのに、彼は毎晩努力を続けた。


 それは紛れもなく彼の努力の成果だ。

 だから──。


「その魔法制御の知識や、掴んだコツについての記憶や感覚は消さないであげてほしいんです」


 彼の努力の結果は、彼のものだ。

 私にも、フォース学園長にも、奪う権利などない。


 私が言うとフォース学園長は肩をくいっと上下させてから、頬を緩めて頷いた。

「あぁ、わかったよ。そのくらいなら未来への干渉もないだろうし、約束するよ」


 よかった。

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 シリル君のためのように言ったけれどこれは私自身のためでもある。

 先生との──シリル君との繫がりを失くしたくなかったから。


「おっと、シリルが近づいてくる。君を探しているようだね」


 その言葉にキョロキョロとあたりを見回すけれど、彼の姿は見当たらない。

 でもきっと見えてるんだ、この狸ジジ……偉大な学園長には──。


「じゃぁヒメ、元気でね。──って言っても未来で会うのか」

 なんだか変な感じだね、とカラカラ笑う。

 こう言う顔はショタの時とそっくりだ。


「はい!! 未来でも、よろしくお願いします!!」

「ん。待ってるよ。君が転移してくるのを」


 どちらからともなくぎゅっと固く握手を交わし微笑み合うと、私は彼に深くお辞儀をしてから校舎の中へと入っていった。


 ぐちぐち言いながら私を探しているであろう、シリル君のもとへ──。

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