私と彼の1週間ー7日目ー【幸せにおなりなさい】ー



 私はシルヴァ様に、今度こそ本当の全てを話した。


 国王と王妃の魔法の力で、同じカンザキ姓の家に引き取られたこと。

 育ての父と母の死。

 施設で育って、大学入学を機に一人暮らしを始めたこと。

 突然この世界で目覚めたら、そこは先生の自室の続き部屋──今私が使っている部屋だったということ。


 そして、この世界を物語の中のものとして知っているということ。

 自分が姫君だと知って、王位を継ぐか否かで苦しんでいたこと。

 シルヴァ様は全て真剣に聞いてくれた。

 

 聞き終わってから彼は、

「本当に、よく頑張ってきたのだな、あなたは」

 と言って目尻を下げ、優しく私の頭を撫でた。

 その大きな手の温もりと低く深い声に、なんだか心が軽くなるみたい。


「だけど、その顔は──もうあなたの中で答えは出ている、ということかな?」


 私の顔を見てにっこりと笑ったシルヴァ様。

 はぁ、やっぱりなんでもお見通しだな、この人。

 さすが先生のパパ。


 私は真っ直ぐに彼を見つめ返して「はい」と頷くとしっかりとした声色で続けた。



「私────王位を継ぎます」



 あの場所から離れ、落ち着いてゆっくり過ごした1週間。

 改めて私は、この世界が好きだと感じた。

 ここで暮らす人々──レオンティウス様にレイヴン、ジオルド君、クレアにメルヴィ達、コルト村や騎士団の皆。


 そして──先生。


 私はここで生きる人たちが大好きだ。


「私は必ず運命を変えてみせる。ここにいる人たちの……先生の幸せのために──。あの日……、この世界で目覚めたあの日に、私は決めたんです」


 はっきりと自分の覚悟を伝える。

 そしてできることなら、私はこの人もその未来にいてほしいと思ってる。


 風がふわりと髪をかすめ、同時にセレニアの花びらが巻き上がり散華し宙を舞う。

 まるでその決意を後押ししているかのようで、心地良い風と美しい花吹雪に、私とシルヴァ様は頬を緩めた。


「そうか……。うん。立派な王を目指さなくても良い。あなたらしい王になりなさい。そして、あなたらしく、国を導いてほしい。ロイドのように……。破天荒で変態で変人な国王が存在したんだ。どんな王が存在しても違和感はないはずだ」


 悪戯っぽくそう言ってウインクを落とすシルヴァ様に胸を撃ち抜かれつつ、私は彼に「その未来には、シルヴァ様もいてほしいんです」と伝えた。


 なんとかして彼に守護の力を与えて、生き延びさせたい。

 今日中にその魔法を会得して、それで──。


「せっかくだが、それは無理というものだ──」


 生かすすべをめぐらせる私の耳に飛び込んできた言葉に、私の時が止まった。


「今……何て……?」

 私の聞き間違い、だよね?

 だってそんな、無理なんて……。


「私は運命を受け入れる、ということだ」

 聞き間違いであると思おうとする私に、シルヴァ様の言葉が無慈悲に再び放たれる。


 運命を受け入れる──。

 それは必然的に、シルヴァ様の死を意味する──。


「なんで……なんで!? 生きていたくないんですか!? 先生の成長を見たくないんですか!? ジオルド君とわかりあう日だってくるかもしれないんですよ!? なのになんで……どうして……!!」


 どうして未来をあきらめるの?

 私なら……私ならそれができるかもしれないのに……。

 何で……!!


「私は嫌です!! シルヴァ様がいない未来なんて絶対……!! シルヴァ様にも幸せになってほしい!!」


 顔をくしゃりと歪め、感情のままに泣いて、服をぐっと掴みながら彼の胸を叩く。

 駄々をこねる子どものように。


 そんな私に困ったように微笑んでから、シルヴァ様はあやすように私をぎゅっと抱きしめた。

 がっしりとした力強い温もりが私を包む。


「運命を変えて自分が皆を幸せに導く……なんて、それはエゴというものだ」

 低くさらりとした声が、穏やかに、そして諭すように続ける。


「幸せでないだなんて、私は思ったことはない。友と学び、切磋琢磨し強くなった日々。愛する人と結婚し、可愛い息子も生まれた。死んだと言われていた親友の娘を、再びこの腕に抱くこともできた」


 先生と同じアイスブルーが優しく私を見る。

 まるで見守ってくれているかのような安心感に、激しく波打っていた私の心が落ち着いていく。


「これ以上ない幸せをたくさん得た。確かに苦しいこともあったがそれ以上に私は幸せだった」


 ふんわりと微笑んだシルヴァ様を見上げて、私は何も言えないまま、ただ流れるままに涙を流していた。


「すまない。そんな顔をさせるつもりではなかったんだが……。でもこれは、私が決めた未来だ。だから、あなたが気に病むことはない。──さぁ、笑って。私の可愛いレディ」


 そう言って親指で私の目尻の涙を拭う。


 私は今まで、皆の悲惨な未来を変えて幸せにしようと、がむしゃらに生きてきた。

 ──でも考えてみればそうだ。

 

 彼らは物語に生きる登場人物なんかじゃない。

 今、ここで、それぞれの生活をして、意思を持って生きている。

 全員を助けてみせるだなんて、“ここで生きる人”の意思を無視した私のエゴだ。

 受け入れるという選択肢を彼らが選ぶのなら、私はそれを受け入れなければならない。


 今がその時だ──……。


 私は唇をギュッと噛み締め、腕でゴシゴシと涙を拭くとシルヴァ様に向かってふにゃりと笑った。


「私、この時代に来ることができて……シルヴァ様に会えてよかった……!!」

 そう言った私に、シルヴァ様もふっと笑顔を返す。


「シリルと……ジオルドを頼みます。──ヒメ様」



 ゴーーーーン……。


 あぁ、時間だ。

 時は無情だ。

 過ぎてほしくないのに、こちらの思いなど関係なく過ぎていってしまう。


「……私はまた任務に戻ろう」

「……お気をつけて」

「ありがとう。あぁそうだ、これを」


 そう言って懐から直径10センチ程のアクアマリンのルースを取り出したシルヴァ様。

 透明感のある水色で、どこか先生やシルヴァ様の瞳の色を彷彿とさせるアクアマリン。

 よく見れば何だか見たことのあるような紋が刻まれている。


「これは?」

「これはクロスフォード家の紋が刻まれた守り石だ。あなたに──」


 手渡されたアクアマリンを、手のひらを動かしながら見ると、角度によって光を帯びてとても美しく輝く。

 虹色のクラックが所々入っていて、いつまでも眺めていられそうなほど魅力に映る。


「これはクロスフォード家の証明だ。砕いてアクセサリーや剣飾りにして大切な人に渡す守りとしても使える。石言葉は【幸せな結婚】ということから、加工して婚約者へプレゼントすることもあるな」


 めちゃくちゃ大切なもの!?

 しかもこの大きさ、かなり高価よね!?


「そんな大切なもの──!!」

「あなたに。どうか元の時代で、パルテ殿にでも加工してもらってくれ。砕いて加工しても、その紋は砕かれた全ての破片に残る」


 返そうと彼に寄せた私の手を押し戻して、シルヴァ様が続ける。


「どうか、幸せにおなりなさい──」



 そう言ってアクアマリンを持つ私の手を上からギュッと握りしめてシルヴァ様は穏やかに笑った。


「……!! ──はい……!!」


 こうして私たちは、もう泣くことなく、笑顔を向けあい、そしてサヨナラをした。


 ごめんなさい。

 ありがとう。

 私は必ずあなたに誇ってもらえるような、それでいて、やっぱりな、と思って苦笑いでもしてもらえるような、そんな王になります。


 雲一つない蒼天に、私はそう誓った。

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