私と彼の1週間ー7日目ーさよならパーティーー


「君は最後の最後まで……」

 呆れ顔のシリルくんが、食堂に行く前の長い廊下で腕を組んで仁王立ちをしている。


 おぉう……。

 先生と同じレベルで深く眉間の皺が刻まれてる……!!

 こうして先生のあの渓谷は作られていくんだなぁ……。

 なんて呑気なことを考えながら、ぼーっとシリルくんの顔を見ていると、彼はさらに深く眉間の皺を刻んだ。


「まったく、遅いぞ」

「す、すみません。シルヴァ様とお別れをしてまして」

 私が言うと、いつもなら「言い訳するな」となにを言っても取り付く島もないシリル君も今日ばかりは神妙な表情で「……そうか」と小さく発するのみだった。


「しっかり別れはできたのか?」

「はい。もう大丈夫です」

 先のシルヴァ様の顔を思い出してにっこり笑って返すと、シリル君はまた「そうか」とだけ言って、表情を和らげた。


「今日の昼食は、第三教室で食べるぞ」

「へ? どうして?」

 食堂、そんなに混んでるのかな?


「いいから来い」

 そう言うとシリル君は私の手を取り、引っ張り歩き始めた。





「着いたぞ」

 【第三教室】と書かれた部屋のドアをシリルくんが軽く叩くと、中から同じように軽いノック音が返された。


 誰かいるのかな?

「入るぞ」

 未だ繋がれたままの手を引いて、シリル君はもう片方の手で扉を開けた。

 すると──。


 パーンッ!!

 パンパンッ!!

 

 大きな風船が弾けるような音がして、同時に色とりどりの紙吹雪が頭上に降り注ぐ。

 そして「サヨナラパーティーへようこそー!!」という賑やかな4つの声が私たちを迎えてくれた。


 へ……?

 なに?

 何事!?


 部屋の中にはそこらかしこに、中に紙吹雪や光の玉が入った大きなシャボン玉みたいなものがたくさん浮いている。

 優雅な音楽がどこからともなく流れて、場の盛り上げに一役買っている


 目の前にはパーティー帽子を被った4人の賑やか幼馴染ーズの姿。

 いや、本当、何事!?


 私が状況が掴めず目をパチパチさせていると、シリル君がため息を一つ落としてから「君のサヨナラパーティーなるものらしい」と説明してくれた。


 さよならパーティー?

 ぁ……そういう……。


「ヒメ、今日で帰るんだろ? だから盛大に楽しくして、いい思い出を作ってやろうと思ってな」

 レイヴンが尖った犬歯を覗かせながらニッと笑顔を向ける。

 片手にチキンを持っているのは見なかったことにしよう。


「学園長に許可をとって、学園の意思に飾り付けや料理を出してもらったのよ。この妙なとんがり帽子もそう。前衛的だけど、なかなか良いでしょ?」

 とレオンティウス様。


 ごめんなさい。

 それ、あちらの世界では一般的なパーティー帽子なんです……!!

 育った環境が環境だっただけに被った事はないけど、憧れてたのよね。


 そう考えた瞬間、私の頭上にポンっと何かが被された。

「?」

 なんだろう、と触ってみると、紙製で円錐形えんすいけいの帽子。

 今まさにレオンティウス様達がかぶっているものと同じもののようだった。

 きっとさっき私が憧れてたなぁって思ってたから、学園の意思が出してくれたんだ。


 さすがミスター忖度【学園の意思】。


「さ、食べましょ!! 美味しいケーキもあるのよ!! たくさん食べて飲んで、楽しみましょうね!!」

 エリーゼがシリル君が握っている方とは反対の私の手を取って、テーブルの前へと私を引っ張る。


 反対側の温もりが離れたことを少し残念に思いながらも、私は目の前に用意された美味しそうな料理の数々に目を輝かせた。


「うわぁすごい!! 美味しそうです!!」


 煮込みハンバーグにサラダ、チキンにスープに、果物の盛り合わせ、それになんと言っても存在感たっぷりの大きなケーキ!!


 桜色のクリームにデコレーションされたそれの上には、色とりどりの花の形を模した砂糖飾りが乗せられていて、とても可愛らしい。

 素敵すぎる……!!


「ヒメ、改めて、ここに来てくれてありがとうな。お前に会えてよかったよ」

 レイヴンが持っていたチキンを皿の上に置いてから、あらたまったように真剣な表情で言った。


「私も、あんたに会えてよかったわ。堅物な友人のいい変化も見ることができたしね」

 揶揄うようにシリル君を見てから、私にウインクを飛ばすレオンティウス様。

 この人、楽しんでる……!!

 どこの時代でもレオンティウス様は変わらないなぁ。


「僕も、君とピクニックに行ったりご飯を一緒に食べたり、とても楽しい日々だったよ。エリーゼも楽しそうだったしね」

 この数日でわかったけどアレンはかなりのシスコンだ。

 早くにご両親を亡くして二人で育ったからか、双子の妹であるエリーゼを溺愛している節がある。

 だからこそ、エリーゼを失った痛みは計り知れない。

 もうすぐ、アレンにエリーゼを返してあげられるから……もう少しだけ頑張って欲しい。


「私も、あなたみたいなタイプ初めてで、良い刺激をもらえたわ。ありがとう。……また、会えるわよね? ライバルともう会えないなんて、私嫌だからね?」

 お姉さんのようなしっかりものだけど、どこか幼い感情を持つ聖女エリーゼ。

 彼女ときちんと話ができてよかった。


「えぇ。必ず」


 そのために頑張るから。

 必ずまた会える。

 私は決意を強くすると、そう答えた。


 私の返答に嬉しそうに微笑むエリーゼとレイヴン、それにレオンティウス様にアレン。


 この時代で彼らと過ごすことができてよかった。



「よーし!! んじゃ、食べようぜ!! 早く食わねぇと、俺が全部食っちまうかんな!!」

 言いながら取り皿へとチキンを山のように積み重ねていくレイヴン。


 うぁ!! ずるい!!

 レイヴン、本気だ……!!

「私も負けませんよー!!」

 私も負けじとお皿にケーキを切り分けていく。


 きゃー美味しそう!! 可愛い!! 最高!!

 するとすっ……と横からケーキ皿が下げられて「野菜と主食から食べろ」とシリル君が代わりに山盛りのサラダを差し出してきた。


 お母さんか!!!!


「ふふっ、シリルったら過保護ねぇ」

「もはやお母様ね」

「良いコンビだね」

「もひゃもひゃもひゃ」


 レオンティウス様が楽しそうに笑って。

 エリーゼが苦笑いして。

 アレンが微笑ましそうに見守って。

 レイヴンが口いっぱいにチキンを頬張って。


 呆れたようにサラダを差し出しながらも、眼差しは優しいシリル君が隣にいて。



 私はこの光景を、一生忘れない。


 ありがとう、皆。

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