私と彼の1週間ー5日目ー複雑な関係性ー
「で、シリルは婚約は?」
「ないですね!!」
ものすごくいい笑顔でたずねるシルヴァ様に即答すると、彼は「うん、だろうね」と苦笑いしながら納得の言葉を発し、私も同じように眉を下げる。
「あの子の女嫌いは、親のせいでもあるから……本当に申し訳ないと思っている」
「……お母様の……ことですよね?」
私が遠慮気味に、でもはっきりと言葉にすると、シルヴァ様は驚いたように目を丸くして「なぜそれを……」とつぶやいた。
「未来で、先生が前に教えてくれました。……ジオルド君のことも」
「!!」
ジオルド君の名前を出すと、シルヴァ様の表情が一気に硬いものへと変わっていった。
まぁそうよね。
仕方ない。
それに先生が15歳の時、ジオルド君が5歳の時にお母さんが亡くなっている、と言うことは、ついこの間の出来事だろう。
「シリルが……話したのか? あなたに……」
信じられないといった様子でそのまましばらく考える素振りを見せると、シルヴァ様は私へと視線を移し、ふわりと笑った。
「シリルは、思ったよりずっとあなたを信頼しているようだ」
そして今度は視線を目の前に広がる大きな湖へと移し、シルヴァ様は静かに続ける。
「彼女を迎えに行かない私を、あの子は一度も責めなかった。夏休み前、母親の遺体と対面した際も、泣くこともなく、ただ“おかえり”と言ったのみだったんだ。そして、私なんかよりもずっと周りを見ていた。一人で立ち尽くす彼女のもう一人の子どもに声をかけ、周りの視線から守るように離れへと連れていった。それからロビーやベルが手伝って、秘密裏にジオルドを匿っている。まぁ、あの子は私が気づいていないと思っているようだがね」
先生……健気すぎる……!!
無性に先生をぎゅっとしたくなって、私は代わりに自身の両手のひらをグッと握りしめた。
寂しくないはずないよね。
10歳でお母さんが出ていって、15歳で死別したんだもんね。
しかも種違いの弟はいるし、内心複雑だったに決まってる。
それでも必死にジオルド君を守ってきた先生は、やっぱりすごい。
「あの……なんで奥様を追わなかったんですか?」
何も考えず自身の興味心のままに言葉を発信した後で、しまった……と後悔する。
こんな立ち入ったことを聞いてしまうだなんて……!!
それも推しのお父様に!!
そんな私の後悔が表情に出ていたようで、シルヴァ様が朗らかに笑って「大丈夫だ。そんな顔をしなくても」と言って、私の頭をさらりと撫でた。
うはぁっ!!
シルヴァ様に頭を撫でられた!?
やばい……レアシチュ……!!
「ふふ、あなたは本当に……。──私が彼女を追わなかったのは、私が意気地なしだったからだ」
「意気地なし?」
シルヴァ様が意気地なし?
想像つかない。
「情けない話だが、自分の愛する人が他の男と幸せになるのを見ていられるほど、私は強くはなかった」
少しだけ伏せられたアイスブルーが切なげに揺れる。
あぁ。
その気持ち、すごくよくわかる。
愛する人の愛がどこに向いているのかを知り、それを直視する怖さを感じながらもそばにい続けなければならない苦しみ。
私と同じ。
逃げることを許された方の私。
でも現実には違う。
逃げても、逃げきれない。
思いは……記憶は常につきまとうのだ。
きっと私もそう。
この痛みとともに生きるんだろう。
ゴーン──……。
時を告げる鐘だ。
「あぁ、もうこんな時間になるのか。すまない。少し長居しすぎた」
「あ、いえ……」
何と言っていいのか分からずに短く言葉を返すと、シルヴァ様はもう一度私の頭をひと撫でしてから立ち上がった。
私もそれに続いて同じように立ち上がる。
「さて、そろそろ私は行こう。ヒメ嬢、明日もあっていただけるかな? できれば明後日……君が帰る日も」
「は、はい!! もちろんです!!」
思ってもいなかった申し出に、私は反射的に返事をする。
シルヴァ様はそんな落ち着きのない私の返事に優しく微笑むと、地面に敷いて汚れた自身の白いマントを腕にかけた。
「では、明日、明後日も、朝食後この場所で──」
シルヴァ様は言うと、「ではレディ、失礼」と綺麗に例の姿勢を取ってから、聖域の出入り口へと足を向けた。
「あ、あの!!」
私はたまらなくなって声をあげ、彼を呼び止める。
「未来では、先生もジオルド君も、二人ともお互いを大切にしています!! ジオルド君は私のこと義妹のように大切にしてくれます。私が義姉ポジのはずなんですけど、自分が義兄だと言い張って譲ってくれないですし……。とにかく、皆、穏やかな心で満たされています!! だから……その……大丈夫です!!」
あぁ、我ながら支離滅裂。
何言ってんの私。
安心させようとしたはいいけれど、突発的すぎて頭の中にまとまりがない。
そんな私を驚いたように凝視してから、
「そう……ありがとう。あなたがいれば、安心だ」
そう柔らかい笑顔を見せてから、彼は聖域を後にしたのだった。
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