そして少女は旅に出る



 先ほどの先生との会話を脳内で繰り返し再生させながら、気がつけば私はまた聖域へと足を運んでいた。


 静かに広がる湖の前に、見覚えのある緑が揺れた。

「やぁ、ヒメか」

「今日はショタなんですね、フォース学園長」

 昨日は大人の姿で現れた彼は、今日はすでに省エネショタスタイルへと変わっていた。


「昨日はもしヒメが泣いてたら胸でも貸してあげなきゃな、って思ってあの姿だったんだよ。ま、無駄なエネルギー使っちゃっただけだったけどね」

 少しだけ疲れたような顔をして、フォース学園長が力なく笑った。


「で、どうしたの? 僕に用だった?」

「いえ、特には……。ただ、誰にも会いたくないのに誰かに会いたくなることって……ありますよね」

 我ながら酷い矛盾だ。

 だけどそれ以上に相応しい表現を私は知らない。


「はは。そうだね。でもそれだけじゃないよね? 何かあった?」

 薄く開かれた深緑の瞳には全てお見通しみたい。


「……レオンティウス様に会いました」

「レオンに? あぁそういえば昨日からずっと君と話したがっていたね」

「私に、じゃありません。レオンティウス様はもう、私を見ていない。さっき先生も怒らせてしまいましたし……。私、今ちょっとボロボロなんです」

 冗談めかして肩を落としながら言うと、フォース学園長が「ふむ」と呟き口を開いた。


「じゃぁちょうどいいよ」


 ────は?

 ちょうどいい?


「実はねぇ、少しグレミア公国で不穏な動きがあるんだよね」

「いや、もともとあるじゃないですか」

「まぁそうなんだけど、君に関することなんだ」

 やれやれ、と力なく笑う彼に、私は首を傾げる。


「私に関する?」

「そう。君の存在に興味を持ち始めたみたいなんだよね、大公がさ」

 大公……確かグレミア公国のトップのことだ。

 タスカさんが私のことを話したんだろうか?


「多分、君のことを調査しようとするだろう。──だからね?」


 さっきまでの疲れを孕んだ顔ではない。

 ものすごくさっぱりとした良い笑顔で彼は次の言葉を言い放った。



「一週間程、旅に出ていてくれないかな?」



 ────は?

 このショタ今なんつった?


「一週間あれば、クレアだけでなく君を守る算段もつくだろうし、時間稼ぎのようなものだよ。夏休み最後のプチ旅行だと思ってさ」

 そう軽く笑って言うフォース学園長に思わず頬が引き攣る。


「あの、どこへ?」

「誰にも会いたくないのに、誰かに会いたい。そんな君にぴったりの場所──」


 そう言ってフォース学園長は自身の右手のひらを私にかざすと、中指に嵌められた指輪が光り輝き、私の視界は一瞬にして光波に覆われた。

 同時にすごい力でどこかへ引っ張られる感覚が襲ってくる。


「っ!? きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 そうして私は、抗うこともできないままに何かの空間の中へとあっけなく吸い込まれてしまった──……。


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