【SIdeレオンティウス】とある副騎士団長の宿願



「やつはこちらの申し出に応じなかった。カンザキを会談の場に連れて来るならば話を聞く、とのことだ」


「そうなの……」


 神崎ヒメ。

 昨日のあの光景を見てから、私はあの子のことばかり考えてしまっている。


 可愛い妹のように思ってきたヒメの瞳が……【彼女姫君】と同じ色をしていた──。


 どこか似ているとは思っていた。

 黒髪だけじゃない。

 人を惹きつけるその物言い、考え方、雰囲気、その全てが、時折ひどく【彼女姫君】を彷彿とさせた。


 私の初恋の女の子で、最愛の従妹──【姫君プリンシア】。


 あれからヒメに会うことができていない。

 今朝早くに部屋へと足を運んだけれど、あの子はすでに出かけた後だった。


 話したい。

 聞きたいこともたくさんある。

 確かめたいことも。


 それ以上に、私がもう一度【彼女】に会いたい。



「連れていくつもり?」

「……」


 珍しい。

 あのシリルが女の子の心配をしてるなんて。

 それほどシリルにとっても大切な存在なんだろうけど。

 ……シリルは知らないのよね?

 ヒメの赤いガーネット色の──ウサギのような瞳の色を。


「彼女には、話すだけ話してみよう」

 なんとも歯切れの悪い答えね。

 でもわかるわ。

 私もあの子を危険には晒したく無いもの。


 私が少しだけ視線を逸らし、この騎士団長室の窓から外を見ると、中庭の木陰の方で何かが動いた。

「え?」

 ふらふらと所在なさげに外を歩く黒い髪。

 間違えるはずがない。

 ──【彼女】だ。


 そこからはもう何の考えもなく、ただ身体だけが動いていた。


「っ!! おい……!!」

 窓から飛び降りた私の背後から、小さくシリルの声だけが響いた。



 トンッ──……。


 白いマントをふわりと翻しながら、私は彼女の目の前に着地することに成功する。



「!!」

 あぁ、もう色はローズクォーツに戻ったのね。

 大きな目をさらに大きく見開いたヒメが、呆然として私を見上げる。


「ねぇ、ヒメ」

「れ、レオンティウス様」

「あら、もう【れおんちっす様】って呼ばないのね」


 あの頃の【姫君プリンシア】はまだ舌ったらずで、私のことをいつも【れおんちっす様】と呼んでいた。


「ヒメ……いえ、姫君プリンシア、よね?」

 言い替えると、彼女はピクリと身体を揺らしてから「それは……」とこぼしたけれど、そんなことはお構いなしに、私は彼女の手を引いて腕の中へと閉じ込める。

「会いたかった──……」

 温かい。

 生きてる。

 私の宝物が、ここにいる。


 あの時、彼女が生きていることをどんなに願ったことか。

 あの日全てを見てしまった私は、自分を偽ることで全てを守ろうとした。

 この口調にして、自分を隠して、それまでの自分を捨てて生きてきた。


 どんなに願っても叶わなかった彼女の温もりが、今ここにある。


「また、あなたにお会いできてよかった……」


 私がそう言うと、彼女の身体が一瞬にして硬直し──……。


 ドンッ──!!


「私を────他の誰かと一緒にするのはやめて……!!」


 強い力で彼女に突き飛ばされた。



 強い力と言っても男性には到底及ばないけれど、一瞬何が起こったのか分からずに立ち尽くす。


 しばらくただ呆然として、我に帰った時にはもう彼女の姿はそこにはなくなっていた──。



 その後すぐに彼女がここからいなくなってしまうなんて、その時の私は思いもしなかった──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る