私の風


 どこを通って帰ってきたのかも覚えてない。

 ただただ無気力に歩き続けて、気がつけば先生の部屋のドアの前にいた。



 カチャッ──……。


 なるべく静かに音を立てないようにドアを開ける。

 それでも彼は、些細な音ですら見逃してはくれなかった。


「!! カンザキ!! どこへ行っていた!?」


 部屋へ入るなり、先生が私の方へと早足で歩み寄り、力強く両肩を掴み声をあげる。


 綺麗な顔をくしゃりと歪めて声を荒げる彼の姿を、私は初めて見た。

 さすが騎士団長。

 すごい迫力と覇気……。


「ごめん……なさい。ちょっと聖域に……。フォース学園長と……」


 未だまとまらない思考に、私は途切れ途切れになりながらもやっとのことで声を絞り出す。


「学園長が? あぁ……そうか。それで……」

 一人納得したように、だけど苛立ちを隠そうともせず呟くと、先生は掴んでいた私の肩を解放した。


「私も聖域へは行ったが、あの人が認識阻害の魔法でも使っていたのだろう。君たち二人は見当たらなかった」


 どかっと荒々しく黒革のソファへと腰を沈めると、アイスブルーの瞳でジロリと私を捉える。


 先生、探してくれてたんだ……。


「ご迷惑をおかけして……すみません」

 私は先生の方へとゆらゆらと近づいて頭を下げる。

「謝る必要はない。……怪我は?」

 先ほどよりも声を落ち着けて、先生がたずねる。


「怪我?」

「医務室に運ばれたと聞いた。怪我をしたのではないのか?」


 あぁそうか。

 私のことは先生にすら話されていないんだ。

 そのことにほんの少しの罪悪感が湧く。


「えっと……、はい。大丈夫、です」

「……」

「せんせ──きゃぁっ!!」

 歯切れ悪く答える私に、先生は眉間の皺を深くしてから私の手を強く引くと、自身の座るソファへと強制的に私を座らせる。

 そして、いたって真面目な表情でペタペタと私の腕を触りながら観察していった。


「……」

「あ、あの、先生?」

「なんだ?」

「何を?」

「……本当に何もないんだな?」


 チラリと私を見る綺麗なアイスブルー。

 あぁ……美しすぎる……。

 この目を見ていると、もう色々どうでも良くなる。

 人を──私をダメにする目だ。



「本当に大丈夫ですって」

 苦笑しながらそう言うと、先生は私から少しだけ距離をとって座り直す。

 このままじゃぁ私が先生を襲いかねない。


「レオンティウスから報告は受けた。ご苦労だったな」

「あの……ちなみにどんな?」

 まさか色々話してないよね?

 石化付きの箝口令かんこうれい敷かれてるもんね?


「君がパントモルツ自身からの脅迫状を受け取り、レオンティウスへと報告。森へ行ってグレミア公国の騎士に囚われた彼女と聖女を発見し、応戦したと。自分が来た時にはすでにほぼ片付いていたので、カンザキ一人でやらかしたようだと言っていた。君が倒れたすぐ後にフォース学園長が駆けつけ、全ての処理をしたと聞いている」


 あの後すぐフォース学園長が来てくれたんだ。


「グレミアの騎士団長タスカが現れたと聞いた。何も……されなかったか?」

 探るように目を細めて私をチラリと見る。

「何も、とは?」

 私がたずねると、先生は言いづらそうに顔を歪めてから、ためらいがちに口を開いた。

「────奴は……女性に見境がないと聞く」



「────────は?」


 幻聴だろうか?

 先生が私の貞操の心配をしてる?

 私を女性とも思っていないような、子ども扱いをし続ける、あの先生が?


 私はなんだかおかしくなって、ふふっと笑みをこぼす。


「おい、私は真面目に──!!」

「何もないですよ。魔術師たちは私が全て倒して、すぐにレオンティウス様が来てくれて、あの人たちは逃げちゃいました」


 私が笑いを堪えながら言うと、先生は眉顰めたまま「そうか」と短く答えた。


 やっぱり先生は私の風だ。

 心のもやが少しずつ晴れていくみたい。

 

 あらためてそう感じながら、私は彼にいつものようにふにゃりと微笑んだ。

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