力の代償


「普通の学生としての……私の時間?」

 私が言葉を繰り返すと、フォース学園長は真剣な表情で頷く。


「君の、友人と過ごす時間。女王になっても20歳になっても、この学園に通うことは可能だ。でも、女王としての仕事も多くこなさねばならない。今は僕やシリル達3大公爵家がその仕事を代わりにしているけれど、本来は王族のものだ。学園生活をのんびり送ることは難しいだろう。それに、立場が変わることで失うものもあるかもしれない。それが代償だ」


 代償──。


 普通の学生としての私の時間を失うこと──。


 それは友人たちとの楽しい時間を失うことでもあるんだ……。


 一緒にご飯を食べて、一緒に勉強して、一緒に遊んで──……一緒に卒業して。


 それが全て失われてしまうということ──。


 クレアやメルヴィ、マロー、ラウル、ジオルド君にアステル。

 大切な友達との時間を諦めなければならない。


 怖い。

 変わっていってしまうのが怖い。

 友情が、関係が、日常が壊れてしまうことが怖い。


「ゆっくりと考えればいいよ。今の君には年齢の概念なんてあまりないんだから。シリルが25歳のうちであれば、いつでも戻れるさ。それに、王族の仕事もこのまま僕たちが変わっていてもいいんだ。君にはただのヒメ・カンザキとして生きる選択もある。思い悩むことはない」


 ただのヒメ・カンザキ……。


「あの、私の本当の名前って、ヒメ・カンザキではないんですか?」


「カンザキは、前王の姓だよ。彼は突然こちらに転移してきた、正真正銘の異世界人だったからね。アキ・カンザキ・ヴァス・セイレ。それが前王の……君のおじいさんの正式名称。まぁ、カンザキは異世界の名だし一般には知られていないから、君の名を聞いても誰も気づかないだろうけど。君の正式な名は、ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレ」


 長い。

 でも、そっか。

 納得がいった。


 前王様が先に異世界転移をして、こっちで色々改革を進めてくれたから、今のセイレがあるんだ。


 よくわからない謎の食べ物の中に混ざる元の世界と同じような食べ物。

 時間や月日の概念。

 孤児院システム。

 たくあん大盛り亭。


 色々と合点がいく。


 彼のおかげで、私はこちらの文化に無理なく馴染めたんだろう。


「それと、これは僕が調査したことだけれど……。君が3歳で転移してあちらの世界へいってからのこと」


「っ!!」

 どきり──胸の鐘が大きく鳴り響く。


「3歳の君は養護施設へと転移させられた。周りの人間の記憶も魔法で構築させた上でね。君の名前は【神崎ヒメ】として、転移してすぐに同じ性である【神崎】夫妻の養子になったんだ。そこまで全て、王と王妃の魔法による必然という名のギフトのようだね」


 私は……。


 お父さんとお母さんの子ではない。

 ただの養子。


 あぁそうか、それも合点がいく。



 だって二人は──。

 私を見てはくれなかったもの──。


 優しい記憶に縋って、頑張ればきっとまた私を見てくれると信じて。


 その記憶は、きっとこちらでの3歳までの記憶だっただろうに。



 なんて愚かな。


「色々と一気に言ってしまったから混乱しちゃったね。ごめん。でも、今の君には全部話さなきゃって思ったんだ。泣いたかったら泣いてもいいよ? そのために僕はこの大人の姿できたんだから」


 そうやって戯けて言うフォース学園長に「泣きませんよ」と短く答える。


 ただ正直、何と言葉を発したらいいのかわからない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 私が言葉に迷っていると、頭上にあたたかい感触が降ってきた。

 フォース学園長の、大きな手。

 なんだか懐かしいような気がする。

 もしかして、小さい頃もこうしてもらったのかな?

 いつもは私よりも小さいのに、変な感じ。

 不思議と、落ち着く。


「じゃ、もう部屋におかえり。目の色も戻ったようだし、何より、彼が待ってる」


 彼──。


 私の脳裏に、黒づくめで眉間に皺を寄せる彼の顔がゆらりと浮かぶ。



 あぁ、そうだ。

 帰らなきゃ。

 先生のところへ。


「帰らなきゃ」

「うん。おやすみ、ヒメ」

「おやすみ、なさい」


 私は生返事をしてから、ふらりと立ち上がると、先生の元へと歩き出した。

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