襲ってもいいですか!?


 少しだけ心が落ち着きを取り戻したところで、私は一つ重要なことを思い出す。


「先生、私からも報告を。どうも、グレミア公国の騎士団と魔術師団の認識にズレがあるみたいなんです」

「認識にズレ?」

 眉をぴくりと動かして反応し、あらためてソファに深く座り直す先生。


「5年前、クレアや私を誘拐し、拷問を行ったことについて、タスカさんは知らなさそうでした。『うちの騎士団の知るところじゃねぇぞ』って。それに、魔術師達が私たちにいきなり攻撃を仕掛けてきた時、タスカさんが『まだ指示を出してないぞ』って責めたんです。でも彼らは『騎士団所属ではない我らが貴様の命令に従う言われはない』って言ってました。もしかしたら、グレミア公国の騎士団と魔術師団の間では色々と統一がされていないんじゃないでしょうか」


 セイレは魔術師団も騎士団第2番隊所属として、騎士団員として扱われているから情報や考え方も方向性は統一されているけれど、グレミア公国はどうやら別々みたいだし、全ての方向性が統一されているとは限らない。


 先生はそれを聞いてしばらく考える素振りをしてから「そうだな。その線はあるかもしれない。一度、あちらの騎士団長と話してみる価値はあるかもしれん」と頷いた。


「今回の件だが、元を辿ればこちらの令嬢が原因でもあるからあまり強くも出られないが、聖女を攫おうとしたことに関しては厳重に抗議している」


 確かに、彼女があんなことを考えなければ、大ごとにはならなかっただろう。

 私はこの事件の元凶であるクラスメイトのことを思い浮かべる。


「……セレーネさんは?」

 たずねると先生の眉間の皺がこれでもかというほどに深く刻まれる。

 怖っ。

 それでもやっぱりうちの先生はカッコイイ。


「謹慎だ。彼女が君を陥れようとしなければこうはならなった。伯爵にも事件の詳細を話した上で、追って厳しい処分を言い渡すつもりだ」

 アイスブルーの瞳が鋭く細められる。

 先生、やる気だ……。

 仕方ないし自業自得だけど、大丈夫かな、セレーネさん。


「じゃぁ、クレアは?」

「彼女にはこれから騎士団からの護衛をつける。彼女の容姿や名前もおそらく報告されているだろうからな。これからは大っぴらに狙われる可能性がある。君には、空いている時間にでも聖女に聖魔法の訓練をつけてやってほしい。魔王を封じる【聖女の力】の覚醒には年齢的にまだ無理だが、一般的な聖魔法は覚えているに越したことはない」


 それはいつかくるかもしれない日に備えて、という事でもあるんだろうか。

 私はその日を想像しながらも「はい、わかりました」と神妙に頷いた。


「……」

 先生が無言で私を見つめたまま動かない。

 

 何?

 一体何があった?

 私の顔に何かついてる?


 混乱しつつ先生の動きを見守っていると急に先生の腕が浮上する。

「やはり顔色が悪い」

 そう言って、珍しく黒い手袋を外した先生の素手が私の頬に触れた。


「っ!!」

 色気……!!

「ん? どうした?」


 この天然──っ!!

 襲うわよ!?

 本当に!!


 私が邪な考えを脳内で叫んでいると、頬に触れていた先生の指がぐにっと私の頰をつねった。


「おい変態娘。何を考えている」


 変態……娘……だと!?

 はっ!! 思い出した!!


「それです先生!!」

「は?」

「【グローリアスの変態】という不名誉な異名が、グレミア公国にまで知られてたんですけどっ!! どうしてくれるんですかぁぁっ!!」


 ものすごく解せぬっ!!


「ほぅ……よかったじゃないか、有名人」

「よくないですよぉ!! 先生達はいいですよね。剣帝けんていやら氷銀ひぎんやら金色こんじきやら……。私なんて変態ですよぉぉぉ!?」


 私もどうせならカッコ良いのがよかった。


 叫び泣き崩れる私を見て先生がふっと笑う。


「そんなバカなことを考えられるくらいには元気はあるみたいだな。では、もう今日は寝なさい。もう日を跨いでいる」


 時計を見ればすでに時間は12時を過ぎていた。


「ぁ……もうこんな時間。わかりました。先生も早く寝てくださいね?」

「あぁ。今日はもう休む」

 その返事を聞いて、私は安心してソファから立ち上がる。


「じゃぁ……先生。おやすみなさい」


 私はそう言うと再びふにゃりと笑ってから自分の部屋へ続くドアを開いた。

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