兄妹─水入らずのお出かけ─



「よし、今日はここまで。うん、ひどいな」


 ひどい……だと!?

 ダンスレッスンを終えた私に容赦なくジオルド君が言い放つ。

「まぁ、見られる程度にはなった。後は相手に合わせればいいだけだ。兄上のエスコートなら完璧なはずだ。後はついていけばいい」

「ありがとうございました、ジオルド君」


 ジオルド君と出会って5年近く。

 先生が屋敷へ帰るたびに一緒に着いて帰り、その間ジオルド君は私にダンスを教え続けた。

 破滅的な私のダンスセンスに何度も匙を投げられた……!!

 それでも次の日には必ず練習に付き合ってくれた優しいジオルド君!!

 

 そして今日ついに!!

 ついに及第点をいただいた!!

 最後までなんだかんだと付き合ってくれたジオルド君には感謝してもしきれない。

 私が感動と感謝で涙を浮かべながらジオルド君を見ていると、鬱陶しそうに顔を顰めてからジオルド君が「今日は予定は?」と聞いてきた。

「今日は何も。今日は珍しく討伐依頼は来てないですし、一日ぼーっとしてます」

 

 最近、休日はずっと【オーク】を倒しまくっていたから、久しぶりに【オーク】と会うことのない休日だ。

 ただ、討伐や修行に慣れすぎたせいで、普通の過ごし方がわからなくなっている私は、とりあえず聖域でぼーっとすることを選んだ。

 私の青春って一体……。


「はぁ……。じゃ、お前、これからちょっと付き合え」

「へ?」

「王都への外出許可をとってくる。私服に着替えて学園正面玄関へ来い。そうだな、30分後だ。遅れるなよ」

 一方的に約束を取り付けると、ジオルド君はダンスレッスンホールから出て行った。


「え? あ、えぇぇ??」

 急すぎませんか、ジオルド君。

 そう思いながらも、私はダンス用のドレスから着替えるために自室へと駆けていくのだった。



────



 今、私たちは王都の大通りを二人並んで歩いている。

 前に先生と歩いていた時は大人と子どもが散歩しているようにしか見えなかった姿も、15歳の少年少女が並んで歩いているとカップルだと勘違いされるようで……。

 屋台を出しているおじさん達から「彼女にどうだい?」と色々と薦められたジオルド君は、若干機嫌が悪そうだ。

 薦められるたびに「これは僕の妹だ」と律儀に説明しているジオルド君は、やっぱり真面目だ。

 そしてそれを言われるたびに、なんだかくすぐったい気持ちになる。

 あ、いや、私がお姉さんなんだけども。


 しばらく歩いてジオルド君が「ここだ」と言って足を止めたのは、ドレスの仕立て屋だ。

 窓から覗くと、年配の仕立て屋さんが指揮者のように指を振り、糸を操ってドレスに刺繍をしているところだった。

「高そう……」

 並んでいるドレスはどれもキラキラしていて、質感も良さそう。

 絶対高いやつだ。

「入るぞ」

 私がつぶやいた言葉を無視して、ジオルド君はずいずいと店へと入っていった。

「あ、待ってくださいよぅ!!」


「いらっしゃいませ。あら、クロスフォード家のジオルド様ではありませんか。お久しぶりです」

 先ほどまで魔法でドレスを仕立てていた年配の仕立て屋さんはジオルド君に気づくと手を止めて、ニコニコと穏やかな笑顔でこちらに近づいてきた。


「あぁ。少し急ぎで仕立ててもらいたいんだ。頼めるか?」

「えぇ、もちろん。ジオルド様のものでしょうか? それともクロスフォード公爵様の?」

「いや、こいつの──僕の妹のドレスを頼む」

 そう言って横目で私の方をチラリと振り返ったジオルド君。

 仕立て屋さんは皺くちゃの目尻をぐんと伸ばし目を見開いて私に視線をやると、すぐにまた目尻を皺くちゃにさせてにっこり微笑んだ。

 

 私はすぐに姿勢を正し、カーテシーをする。

「初めまして、ヒメ・カンザキです」

「あらあら。ご丁寧に。私はアリアと申します。以後、お見知り置きくださいね」

 とっても上品な笑みを浮かべるアリアさんに、ほっこりと癒される。

「では、奥のお部屋で詳しいデザインを決めていきましょう」

「僕はここで男物を見てるから、ちゃんとどんなのがいいか言えよ」

 そう言って男物の服が展示されている方へ行こうとするジオルド君を「待ってくださぁぁい!!」と止める。


「無理ですよこんな高そうなお店……!! 私払えませんよ」

 いくら元の世界の知識をもとにたくさんの本を出版してお金には困ってないとはいえ、こんな高そうなお店のドレス、支払えるわけがない。

「バカか。うちで払うに決まってるだろう。いいから店主と打ち合わせてこい!!」

私はぐいぐいと背中を押され、奥の部屋へと押し込められることになった。



────


「お待たせしました、ジオルド君」

アリアさんとのデザイン打ち合わせを終えて店内に帰ってくると、ジオルド君は隅っこに備えてある椅子に腰掛け、紅茶を啜っているところだった。


「いいデザインができたか?」

 そう尋ねるジオルド君に、私は視線を逸らし、アリアさんは困ったように微笑みながらデザイン画をジオルド君の前に差し出した。

 やばっ。

 それを受け取ると同時にどんどん険しくなってくるジオルド君の表情に、私はゆっくりと後ずさる。

「おい」

「ひゃいっ!!」

「お前……これはシンプルすぎるだろう」

 灰色の瞳がじとっと私を睨みつける。


 私が選んだのは、飾りのないシンプルなラインのドレス。

 色はパートナーである先生の瞳の色に合わせたアイスブルーで統一しているが、それだけだ。

 アリアさんがリボンやフリルを勧めてくれるんだけど、どうも気恥ずかしさが勝って拒否してしまった。

「お前……枯れてるな」

 かわいそうな子を見るような目で私を見るジオルド君の言葉がぐさりと刺さる。

「うっ……!!」

「店主、ここをこうして、こうやってくれ」

 ジオルド君はアリアさんのペンとデザイン画を奪い取ると、サラサラと装飾を書き足していく。

 女性のドレスのデザインまでできるなんて、ジオルド君、恐るべし。

「あら!! これは素敵なものができそうですわ!!」

「ふん、当然だ。ヒメ、拒否権はお前にはないからな」

 満足げにデザイン画を見るジオルド君。

 当の本人である私は拒否権がないらしく、置いてけぼり状態だ。


「では、このように。完成しましたらお屋敷の方へ伺わせていただきますね」

 アリアさんはほほほっ、と上品に笑うと、デザインがを受け取り大事そうに抱きこんだ。


「あぁ、頼む。よしヒメ、次だ。いくぞ」

 そう言いながらスタスタと出入り口の方へ歩いていくジオルド君。

「え!? まだ!? 待ってくださいジオルドくーん!!」


 なんだか今日はジオルド君に振り回されている気がする。

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